遺伝子の差をどうして知るか

 ジェームス・D・ワトソン著「DNA」(講談社新書、青木薫訳)を読んでいます。とても面白い記述があったので紹介します。著者は、DNAの二重らせん構造の発見でノーベル賞を受賞しています。
「人とチンパンジーの遺伝子の差は1%に過ぎない」と言います。どうやって1%と分かるのでしょう。全部勘定するとしたらたいへんな手間で、そんなこと出来ないでしょう。第一、ヒトのゲノムは解読されたそうですが、チンパンジーは未だでしょう。
 私は、両者のDNAを部分的に比較して、差がある場所を勘定して、統計的に推論したものと思っていました。それが違っていたのです。

 ”DNAハイブリッド形成”という手法です。
【二重らせんを形成している相補鎖は、95度に加熱するとほどけてしまう(融
解)。
 では、二つのDNA鎖が完全に相補的でないばあい、つまりどちらか一方に変異が存在する場合はどうなるか?その場合、ふたつの鎖は95度より低い温度で融解するのだ。融解温度がどれほど下がるかは、ふたつの鎖がどれだけ違うかによる。違いが大きいほど、鎖を解くために必要な熱は少なくてすむ。
 キングとウィルソンはこの法則を使って、ヒトとチンパンジーのDNAを比較してみた。(私の注書き:ヒトとチンパンジーのDNAを組み合わせた(ハイブリッド)鎖を人工的に作り融解に必要な熱量を測定するということらしい)ふたつの配列が似ていれば似ているほど、融解温度は95度に近づくはず。調べてみると、ふたつのDNAは驚くほど似ていることが明らかになった。キングはヒトとチンパンジーのDNA配列の違いはわずか1%と推定した。ちなみに、チンパンジーとゴリラのゲノムの違いは約3%。つまり、ヒトとチンパンジーは、チンパンジーとゴリラよりも共通部分が多い。】
 たった1%の差で、何故、ヒトとチンパンジーはかくも違うのか?
【二人は、進化にとって重要な変化の殆どは、DNAの中でも遺伝子のスイッチングをつかさどる部分に起ったのだろうと考えた。そうだとすれば、小さな遺伝的変化でも、遺伝子発現のタイミングを変えることで大きな影響を及ぼすことができる。(注書き:例えば、心臓も耳も、元々は同じ幹細胞、即ち同じDNA。それが遺伝子発現の違いで別の器官にな。)言い換えれば、自然は同じ遺伝子を別の方法で働かせる
ことにより、大きく異なる生物を作り出せるということだ。】

 文中、キングはメアリー=クレア・キングなる女性大学院生。ウィルソンは指導教
官。1975年の論文だそうです。世の中には、随分、頭の良い人が居るものだと感
心しました。