脳は美をどう感じるか

『脳は美をどう感じるか』(川畑秀明緒、ちくま新書、12年10月刊)を読みました。
前書き(はじめに)には『脳科学の歴史は浅いが、具体的な実験的研究による知見の蓄積は急速でめざましいものがある。・・・人はなぜ、どのように美に魅せられるのか。この問題はについて、脳科学はまだ確立しきれていない。』
 著者は1974年生まれ、慶応大学文学部准教授、専門は認知神経科学
 後書(おわりに)にはこうありました。
『私がここしばらく惹かれてやまないのは、鴨居玲という画家だ。鴨居の絵には、暗く思い色調で醜怪な酔いどれや老婆が描かれている。何を描くかを自己に向かって問い続けた画家であり、彼の作品には、描かれた人物(おそらく彼自身)の内面が露呈している。
 鴨居に惹かれるようになったのは、平成23年3月11日に起きた東日本大地震の直後だった。・・・鴨居は「油絵というものは、文学だってそうだけど、あるショックを与えねば意味がないと思う。そこで人間とは何かというようなね・・」と述べるが、おそらく優れたアートとは、そのような強いショックや影響力を持っていると私は感じている。
 本書では、美術作品を見ているときに脳内で何が起きているのか、美が脳内でどのように捉えられているのか、そしてアートが脳の働きや仕組みとどのような関係にあるのかを解説してきた。・・・』と記されていた。私は本を買うとき、本の前書き、後書を立ち読みして、面白いかどうかを判断して買うことにしている。
MRI(機能MRIMRI装置を利用して脳の血流量の変化を測定する脳機能イメージング装置)を駆使して、絵を見るときの脳の働きを分析する話が満載です。
 著者はこの本で述べたかったこと、本の中で引用した次の興味深いエピソードから推察することが出来そうです。

 第二章では
『2009年に開かれた世界中の美術展覧会で、一日当りの平均来場者数のトップ4を日本の展覧会が独占した・・・・2010年ではトップ5のうち四つがランクインしている。確かにここ数年の一日当りの平均来場者数ランキングを見てみると、そのトップ10を日本での展覧会がかなりの割合を占めている。』
第三章から
 『私の同僚でもある渡辺茂は、ハトにモネとピカソの絵を見分けさせることに成功し、名誉あるイグ・ノーベル章を受賞した。
 訓練中のハトは、パソコンのモニタに表示されるモネの絵をつつくと餌がもらえるが、ピカソの絵が出ているときにつついても、餌がもらえないようにする(別のハトはピカソの絵をつつくと、餌が貰え、モネではもらえない)。この訓練を繰り返していると、ハトはモネの絵はつつき、ピカソの絵にはつつかないようになる。つまり、モネとピカソの絵をそれぞれ区別できるようになる。そのとき、モネの絵をつつくように訓練されたハトはルノワールの絵もつつき、ピカソの絵をつつくように訓練されたハトはブラックの絵もつつくようになる。印象派キュビズムの絵を区別できるようになったのである。
 ハトは何を手がかりにして印象派キュビズムの絵画とを区別するようになったのだろう。ハトに訓練することで、印象派キュビズムの絵を区別することに成功した渡辺は、ハトに児童画の上手い下手を区別させることにも成功している・・15枚ずつの上手い/下手の絵に対して区別することが訓練できたら、訓練中にはハトが見ることがなかった別の上手い/下手な絵を見せると、きちんと上手い/下手を区別することができるようになった。
 渡辺らの研究はブンチョウをも対象にした。
鳥かごの中には三つのモニターがある。二つには日本画印象派キュビズムの絵が残り一つには無彩色が提示される。絵は7秒ごとに別の絵にかわるようにしてあった。1時間の実験時間で、ブンチョウがどのような絵の前の止まり木により多く止まるか・・・ブンチョウの絵の好みを調べたのだ(餌は与えられない)。・・・ブンチョウに絵の好みが現れ、しかも個体差があるのだ。それも、7羽中5羽が印象派よりもキュビズムの絵の前に多く止まっていた。』
 第4章から
 『自閉症の中には稀に、「サヴァン症候群」とよばれる、ごく特定の分野に限って天才的な能力を示す者がいる(例えば驚異的な画像記憶力)。放浪の画家として知られる山下清サヴァン症候群であった可能性が高いといわれる。・・・テレビドラマ『裸の大将』のなかでは、よく風景や花火を見ながらスケッチや、ちぎり絵をするが、実際には彼は旅先ではほとんど絵を描くことはなかったという。・・・印象に残った景色を写真として脳に保存し、それを家や彼がいた施設で描いていたようだ。
 彼が尊敬したゴッホは「このような表現をどうやって成し遂げたかといえば、それは作品に取り組む前から私の心の中ですでに形を整えていたからだ」と述べている。山下清も同じように、彼の描く世界は、網膜像というフィルムに焼き付いたものではなく、脳の中に構築された映像だった。』
追伸 こんな記述もありました。
 統合失調症の病因が、ドパミンと呼ばれる脳の神経伝達物質の過剰さと、神経活動の抑制がきかないことにあるということは精神医学のなかで広く受けいれられている。