通貨植民地

 「デフレの犯人は誰だった?」で三国陽夫さんの『円デフレ』を紹介しましたが、もう少し簡潔に書いた本はないか、と探してみたら、最近、文春新書から『黒字亡国』なる書を刊行されていました。
 三国さんの論旨をもっとも簡潔に述べた部分を同書から紹介します。
 【輸出国が輸出で貯めた黒字を自国通貨に交換せず、未回収資金として保有する。
たとえていえばこれは、企業が売上げ代金を回収できずに売掛金を貸付金として計上することと似ている。会計上は売上げとして計上されても、実際には売上げ代金は手元には入らない。企業は売上げが伸びたにもかかわらず、資金的には苦しくなる。・・・
 かつて、イギリスの植民地であったインドは、香辛料などの原材料を輸出してイギリスを相手に多額の黒字を計上した。その輸出代金は自国通貨のルピーではなく、イギリスの通貨であるポンドを使って決済されていた。インドが金を欲しいといってもイギリスは「金を持っていても金利はつかない。ポンドで運用すれば、金利がつくからお得ですよ」と説得した。ルピーの為替レートはポンドに固定されているため、イギリスはいくらインド相手に赤字を出したとしても、ルピーが切り上がることはなく、高い輸入コストを負担することはなかった。
 インドが輸出によって稼いだポンドの預け先は、もっぱらイギリス国内にあるイギリスの銀行だった。・・・
 インドが稼いだ黒字分はポンドのままイギリス国内に貸し置かれ、それがイギリスの銀行から金融市場を通してイギリス経済のために活用された。・・・
 イギリスはインドから輸入した品物で生活を豊かにすることができた。そして、支払った筈のポンドはそのままイギリスに戻ってくる。イギリスの銀行預金の名義がイギリス人からインド人に変更されただけである。イギリスの銀行は預金の名義とは関係なく、預金を元に貸し出しができる。・・・
 輸入でイギリスの国内生産が代替されてその分生産が減ったとしても、赤字によって流入するポンドは銀行の積極的な貸出しを可能にし、赤字分以上の預金、すなわち購買力を創ってサービス産業を拡大することになる。結果として赤字がイギリスの経済成長を加速したのである。
 一方、インドではルピー預金が黒字に見合うポンド資産の取得に使われた。そのため国内で流通するルピーは少なく、インド経済はルピー不足から次第に資金が逼迫していった。】
 三国さんは、インドを近年の日本、イギリスをアメリカに置き換えて見ている。
 【輸出拡大によっていくら日本が黒字を蓄積しても、それはアメリカ国内にあるア
メリカの銀行にドルで預け入れ、アメリカ国内に貸し置かれる。・・・ドルはアメリカの銀行から金融市場を経由して広く行き渡り、アメリカ経済の拡大のために投下されている。 日本は稼いだ黒字に相応しい恩恵に与らないどころか、輸出関連産業を除いて国内消費は慢性的な停滞に喘いでいる。
 当時のインドがイギリスの通貨植民地だったなら、現在の日本はアメリカの通貨植民地ということになるだろう。】
追伸:日本の経常収支の毎年の黒字額(=資本輸出額)を1970年から累計しますと、270兆円ほどになります。ところが昨年末に時価評価した日本の対外純資産の総額は190兆円です。つまり、80兆円が目減りした。言葉を代えれば米国に寄付したことになる。