火天の城

 「火天の城」という本を読みました。著者は、山本兼一、第11回松本清張賞受賞だそうです。一昨年文芸春秋から出版されて評判になった作品。つい読む機会を逸していたのですが、図書館で見つけて借りてきました。
 着想がいいですね。小説の主人公は安土城
熱田神宮の大工棟梁だった岡部又右衛門が、その才を認められて信長の家臣になる。彼が、安土城を築く苦心惨憺の物語り。
 巻末の参考文献にみるように、著者は、城の建築法や木材利用の歴史について実によく勉強している。
 史実とは別に、作者の創出したストーリー展開も面白い。

 暮夜、密かに天守閣の地下倉に大甕が埋められます。その中身は?実は火薬でした。火急の時は、城を爆発させようと、信長はつねに死と向かい合う心境で安土に暮らしていた。
 ところが、本能寺の最期に、信長は岡部にこう命ずる。「・・・火薬は捨てろ。あの天守があるかぎり、生死を超え、わしは天下に君臨する」。又右衛門は本能寺で戦死しますが、その子以俊(もちとし)は、死線をこえて安土にたどりつき、城の焼失を防止する。しかし、入城した織田信雄は・・・

 作中人物の挿話も工夫されている。
 以俊が仕事の悩みから妻瑞江に八つ当たりする夫婦喧嘩のシーンには、じーんと来ました。
「お前は、なぜそのようにいつも笑っておる。椀を投げられたのに、わしに腹がたたぬのか」
「至りませんでした。お詫びいたします。」
「詫びろとは言うておらんがや。なぜそのように笑うておるのかときいておる。お前はいつもそうでや、なにがあっても笑うておる。そんなにこのわしが可笑しいか。・・・」
「・・・父の教えにございます。女人は家内の日輪ゆえ、なにがあろうと、微笑んでおれと躾られて育ちました。」
「ならば、もっと笑うがよい。笑え、声をあげて笑うてみよ」
 以俊が憎憎しげに吐き捨てると、瑞江の大きな眸に涙があふれた。・・・
 「あなたは人の心をわかろうとなさらぬのですか。微笑みの裏で、その人間がどれだけ辛い思いを噛みしめているのか、おわかりにならないのですか。」
 今時、奥様に椀を投げつける旦那はいないでしょうが、宮仕えの身には思い当たることがあります。

 安土城城址を訪ねた体験のある方には、面白い本ですね。