レクイェム

 『レクイェム』(NHK出版、07年1月刊)という本を読みました。著者は伯野
卓彦さん。NHKチーフプロデューサーで、「プロジェクトX」を制作された方で
す。
 題名の「レクイェム」、鎮魂歌とは何に対する鎮魂歌か?国有化され今はその名の
消滅した銀行、長銀への、更にはかつて、存在した「日本型金融理念」への鎮魂歌を
意味するものらしい。
 後者については、説明が必要でしょう。長銀最後の頭取になった鈴木氏によると、
『企業活動を長期的に支えるのが(かつては)銀行の使命であった。だからこそ、日
本の会社というものはなかなか倒産しなかった。そこに勤めている人は一生勤めら
れ、子どもの教育にしても何にしても生活設計がしやすいということになっていた。
そういったことが企業に対する忠誠心になって、日本企業の成長を支えていく。そう
いう日本社会全体が絡みあっているような仕組みの一端を、金融が担っていた。「金
を貸す」というのは「時間を貸す」ということだった。』
 こうした日本型金融理念がグローバル化の浸透の中で米国型の金融理念に敗れてい
く経過を、長銀の当事者にインタビューすることで、浮き上がらせたNHK特集の書籍版
でした。以下、同書から、
アメリカの銀行、証券、保険などの業界は、団結してアメリカ政府を動かし、日本
のマーケットの規制の緩和・撤廃や外資の信託業務への参入、東証の会員権取得
などを掲げて、政府・大蔵省との協議の場を設けさせた。それが1985年から始まった
「日米円ドル委員会」だった。
 ゴールドマン・サックスの東京支店長を、88年まで務めたユジーン・アトキンソ
ンは、NHKのインタビューで、当時のアメリカ金融機関の必死の様子をこう語って
いる。
「私は、ソロモン・ブラザーズモルガン・スタンレーなどの競争相手とも共同戦線
を組んで、金融のどういった分野を解放してほしいのか、具体的に日本政府に要求し
ていきました。日米円ドル委員会が始まると、あるとき財務長官から連絡があって、
『何を大蔵省に要求してほしいか』と聞かれたので、われわれは金融機関の要求
を事細かに説明しました。」
・・・国内金融機関の圧力を受けたアメリカの財務省の動きは素早かった。日本政府
に対して、ある理屈をつくり、金融自由化や市場開放を求めていった。それは「規制
緩和こそが、世界経済と日本国民のためになる」という理屈である。たとえ本音は、
自国の金融機関や証券会社が競争力を発揮できるように日本市場の規制を緩和し、
外資も日本の金融機関・証券会社並みに活動できるようにするためであったとしても、
それを表面に出さず、この理屈を辛抱強く、日本に主張していった。】
 8兆円ちかい公的資金が投じられた長銀がわずか10億円でアメリカの投資グルー
プに売却されるその時は、14年後でした。その後も、日本は史上空前の低金利
よって奪われた預金者の所得が、「円キャリイトレード」を通じて外国資本に利益を貢
ぎつつあります。
 私見ですが、アメリカが製造業でナンバーワンの座を失った時、覇権国でありつづ
けるためには、金融業を通じて、世界のお金を吸い込む必要があり、そのための
グローバル化規制緩和であったと思います。