私の身体は頭がいい

 内田 樹(うちだたつき)という学者(神戸女学院大学教授、フランス現代思想
がいる。本人の言によると、「余暇に武道の稽古をしている大学教授」というよりは
「生活のために大学教授をしている武道家」、合気道など日本武道が好きらしい。武
道家として有名な甲野善紀氏に師事しているという。
私の身体は頭がいい』(内田著、新曜社、03年5月刊)という本を図書館の書
棚で見つけた。書名は、橋本治氏の言葉(『「あからない」という方法』から)を借
用したもので、副題が「非中枢的身体論」と銘打っている。書名が気に入って借りて
きました。
この本で、著者は「武道の極意」についてこう述べています。
【頭脳による身体統御は中枢的な身体運用でありまして、「・・・しよう」という
意思決定があって、それが筋肉骨格へ「上意下達」的に命令されるからです。しか
し、この「上意下達」的運動には致命的難点があります。・・・「・・・しよう」と
いう中枢からの情報が「すべての末端」に行き渡ってしまう、ということです。
実際に作動すべき身体部位は局所であるにもかかわらず、それと関係ない身体部位
がぜんぶそれと「シンクロ」してしまうのです。
いちばん分かりやすいのが「目」と「肩」の動きです。
例えば、手を動かすときに手だけを動かせばいいわけですが、中枢的な運動です
と、かならず「目」が手の運動する目標に照準し、「肩」が(必要ないのに)手の運
動の「支点」になろうとするのです。・・・
その結果、「目付」や「肩の起こり」というものが実際の手の運動に先立って「こ
れから現場が動きます」という情報を外部にリークしてしまうのです。
ですから中枢的な運動はダメなのです。
武術的な身体運動とは「現場処理」する身体です。】

武道に限らず、スポーツというものは、こうしたものではないでしょうか。
野球選手は、守っていて、打撃の音を聞いたら、その方向に走り出す。その時、頭
脳の指令を待って走り出すわけではない。音が聞こえた瞬間には足も手も運動を始め
ている。つまり、頭脳が指示する中枢的運動ではなく、五感に入った情報を、手・足
の現場処理で身体が反応するわけです。
身体の運動には脳の小脳が関与しているのだそうです。余談ですが、全脳の重量に
占める小脳の比率が高いほど運動神経が良いのだそうで、この意味で最も運動神経の
良い動物は鳥類だそうです。
ここで、一つ疑問が生じます。運動は手・足などの身体の部分で情報判断して行う
のなら、小脳は運動に関して、どのように機能しているのか?
私の仮説ですが、手・足が情報判断して動くということは、言葉を変えれば、「条
件反射」しているということになる。その条件反射の回路を改善するというのが小脳
の機能だろうと私は思う。
小脳は脳の一部であって、脳の他の部分と同じように神経細胞で作られている。だ
から、小脳が他の脳と特別異なる働きをするとは考え難い。つまり、他の脳も同じよ
うな働きではないか?
即ち、人間の行動はスポーツと同様に、すべて条件反射でないのか?一旦行動した
あと、その行動がよかったか悪かったかを評価して、条件反射の回路を修正している
というのが、人間の心と行動の関係ではないか?と妄想するのです。
以上が「私の身体は頭がいい」という書名に惹かれた理由です。