小惑星探査機はやぶさ

小惑星探査機はやぶさ』(川口淳一郎著、中公新書、10年12月刊)なる書を見つけて読んでみました。以下、その中から面白い話題の紹介です。

 これまで、人類の作ったものが地球の引力圏外まで行って着陸し、ふたたび地球に戻ってきたことはない(例えば米国の月着陸船は地球には戻ってきていない)。

 はやぶさは、MUSES-C(MU Space Engineering Satellite-C)、MUロケットで打ち上げる3番目の工学実験衛星という意味で、当初小惑星ネレウスに向かう予定だった。色々事情の変化があって、小惑星1989Mに目標を変更し、更に情勢の変化で、1998SF36に対象を変更した。

 MUSES-Cは、03年5月9日内之浦から打ち上げられた。探査機はロケットから分離が確認され“はやぶさ”と命名された。

 東京―鹿児島(内之浦発射場がある)を結んでいた寝台特急はやぶさ」に因んだのか、あるいは糸川博士が戦時中に開発した戦闘機「隼」に因んだのかは明らかでない。

 その後(03年8月6日)、小惑星1989Mは“イトカワ”と命名された。

つまり、イトカワも「はやぶさ」も打ち上げられた後、名がついたというわけ。

 

 はやぶさには、化学エンジン(12基)もあるが、イオンエンジンが4基付いている(運転は3基、予備1基)。イオンエンジンの原理は、キセノンガス(60kg搭載)の電子を一つとるとプラスに帯電する。帯電したガス(イオン)を電圧をかけた電極二枚の間を通す。ガスは電場のなかで加速して高速で後部グリッドから排出される。反動ではやぶさが前進する(はやぶさにはマイナスイオンがたまってしまうので、これを中和する中和器も備えられている)。化学エンジンで出すことのできるガスのスピードは毎秒3000mだが、イオンエンジンは毎秒30kmで噴出できる。10倍の早さで噴射できるので燃料は10分の1でよい。

 ただし、イオンエンジンの推力は小さい。3基同時に運転しても20ミリニュートン(2g重)。しかし1日連続運転すると、毎秒4mに加速する。

なお、はやぶさの重量は510kg、イオンエンジンは大量に電力を必要とするが、電力を供給する太陽電池のパネルは、さしわたし5.7m、12平方mである。

 04年5月19日、はやぶさは地球をスィングバイする。スィングバイとは(惑星を周回することで)「惑星が探査機を掴んで放り投げる」操作で、探査機の燃料を使わずに大きな起動の修正を行なう。これは、世界で始めて行なったのは「さきがけ」(1985ハレー彗星探査で打ち上げ)で、日本の得意技だ。

 

 標的イトカワに到達するため、地上から測定する角度は1万分の1まで精密に測れるが、何しろ標的は3億kmのかなただから、1万分の1の角度の差は+―300kmの差になる。

 そのため、「はやぶさ」自身がイトカワを撮影し、その画像情報で航法処理する電波・光学複合航法をとった。これ意外と難しい。はやぶさのエンジンから放出したガスに含まれる微量の水がはやぶさの表面に付着して凍り、姿勢を変えた時、はがれてカメラの前を横切る。それが光り、どれがイトカワか分からない。時系列に撮った写真を重ねて、消えない光をイトカワと判断する。この複合航法を使うと、従来と比べ精度が1000倍にも上がった.

 「はやぶさ」は06年8月28日、イトカワから4800kmの地点でイオンエンジンを停止。ここまでのイオンエンジン総運転時間25800時間、平均2.5基常時運転だった。以後は化学エンジン(燃料ヒドラジン、酸化剤4酸化2窒素)を用いて減速。イトカワから20kmで停止、往路を完走した。

 3億kmの距離ということは、光の速さで17分かかる距離で、地上から指令を送っても往復34分かかる。つまり、「はやぶさ」が「現在高度20m」と知らせてきても、それは17分前の情報で、「降下が早すぎるから上昇せよ」と送り返してもそれが届くのは更に17分後。その間「はやぶさ」は34分降下を続けている。

 このため着陸の最終段階では、距離、速度、位置をすべて「はやぶさ」自身が判断して行動する。

 3回の着陸リハーサルを行なった後、11月20日はじめて着陸に成功した。詳細は長くなるので割愛するが、2回バウンドし3回目に30分間着陸。さらに上昇後、100kmから最後の着陸を行なう。11月26日7時7分着地。

 

 帰途、「はやぶさ」は数々の故障に見舞われる。12月9日、「はやぶさ」との通信が途絶した。これからの通信復旧への努力が凄まじい。あたかもアポロ13号の地球帰還への努力を思わせる。06年1月23日、通信が回復に成功した。

 「はやぶさ」の帰還は10年6月13日。19時51分、カプセル切り離し。22時51分、秒速12kmで大気圏突入。「はやぶさ」は燃え尽きた。

 カプセルは、オーストラリヤ中部のウーメラ砂漠に着地、7年余の旅を終えた。

 このプロジェクトチームの苦闘の物語を読み終えて、最後に「はやぶさ」地球帰還の美しい写真を見直すと、感動的です(この本、カラー写真が実に綺麗です)。

もうひとつ、ページの見開き左ページの左下に、03年6月から10年6月まで毎月の、はやぶさ、地球、小惑星の位置関係の模式図が示されているのも楽しい。

最後に、「はやぶさ」の持ち帰ったイトカワの物質(微粒子)は、専用の分析装置「キュレーシヨン」で分析されていますが、このサンプルが地球外物質であることをどのように判断したか?

この資料のカンラン石や輝石は鉄の含量は地球上の火成岩と全く異なる。マグネシウムの含量は、イトカワ近傍で行なった近赤外線分析の結果に一致する。また硫化鉄は地表では容易に酸化され存在し得ない。等々調査が進んでいるようです。