TPP亡国論

『TPP亡国論』(中野剛史著、11年3月集英社新書)を読みました。この本の出た時、書評で、出たことを知っていましたが、「タイトルがあまりに通俗的だ」と読む気になれなかった。それが「レジーム・チェンジ」、「グローバル恐慌の真相」の2冊を読んで、中野剛史という著者は面白いと感じ、図書館で借りてきたのです。
 本の結論は最終章「終りに」で、一言で言っています。『TPPへの参加など論外です』と。
 その理由は、TPPは実質的には日米のFTAであって、FTAは相互の関税撤廃を目指すのですが、アメリカの主要品目の関税率は既に低く、その上、アメリカはドル安を志向しているので、関税撤廃などドルの低下にくらべれば意味がないからです。
 さらに、貿易自由化は、デフレを加速する。そもそも、TPPはアメリカの輸出を増やす(特に日本に対して)米国の戦略の一環であり、日本の輸出を増やすものではない。今の状態でTPPに参加すると、日本は、関税は勿論、社会的・文化的に必要な規制や慣行まで、開国の名の下に撤廃せざるを得なくなり、デフレの悪化や格差の拡大など様々な弊害が発生する。
以下、詳しく内容を紹介すると、
1. TPPとは何か?
 もともとは、06年5月にシンガポールブルネイ、チリ、ニュージランドの4カ国で締結された自由貿易協定です。2010年3月、この4ヶ国にアメリカ、オーストラリヤ、ペルー、ベトナムが加わりTPPの交渉が開始された。
 自由貿易の推進をめざすルールには、WTOのルールがあります。しかし、WTOは、150以上の国々に一律に適用するので、なかなか交渉はまとまらない。そこでFTAという協定が考えられました。二国あるいは複数国の間で関税を撤廃する協定です。EPAというのもあります。EPAは、関税だけでなく、規制や制度改正も含めた複数国間の協定です。TPPもFTAの一種です。ただし、関税の即時撤廃、例外なき関税撤廃を求めるので、TPPは過激なFTAだともいえます。
2.「TPP不参加は鎖国」の嘘!
全品目の平均関税率について云うと、日本は2.6%、韓国はもちろんアメリカよりも低い(日本は十分開国している)。農産物に限定しても、韓国やEUよりも関税率が低い(12%)。日本は既に開国している。
3.グローバリゼーシヨンの前期と後期。
  グローバリゼーシヨンは、アメリカが80年代に規制の緩和など、金融市場の自由化を推進したことに端を発する。
前期は97~98年のアジヤ通貨危機まで。アメリカ主導による国際的な金融市場の自由化、規制緩和による国際的な資本取引の活発化。これにより、新興国、とりわけ東アジヤ諸国には資本が大量に流入し、新興国経済は急成長を遂げた。しかし、世界中を自由に移動するマネーは、好況も不況も増幅させる。一国の経済は、世界経済の変動に大きく影響を受けるようになり、政府は自国の経済を管理できなくなった。こうした状況下でロシヤや南米に金融危機が発生、ついに東アジヤで巨大な金融危機を引き起こした。
次に。
 金融危機に懲りた東アジヤ諸国は、対策を採り始めた。金融危機によるショックそれ自体もさることながら、危機後のIMFによる改革要求は、東アジヤ諸国にとって理不尽かつ屈辱的であった。
 アジヤ通貨危機後、東アジヤ諸国は二度と債務危機に陥らないように、経常収支黒字を溜め込み始める。中国がその典型だが、輸出に有利になるよう為替に介入し、輸出主導の経済成長を推進、国内消費を抑え気味にし、外貨準備を積み上げた。東アジヤ諸国が溜め込んだ経常収支黒字は、アメリカに還流。金利が低下し住宅バブル、リーマン・ショックに至る。このアジヤ通貨危機から2008年迄が後期です。
4.アメリカの狙い
  09年11月、オバマ大統領が関与を表明してTPPは性格が変わりました。4つの小さな通商国家の集まりから、アメリカの世界戦略の一端へと変質した。さらに、オバマ大統領は2010年一般教書で、今後5年間で輸出を倍増する「国家輸出戦略」を提唱した。つまり、リーマン・ショックで金融だけで稼ぐことは不可能と考え、輸出で黒字を稼ごうとTPPに目をつけた。アジヤ地域へ、特に日本への輸出拡大で、アメリカの雇用を守りたいと考えた。主たる標的は日本です。
5. 貿易の自由化はデフレを悪化させる。
自由貿易のメリットの一つは、国内外の競争の激化によって、あるいは安価な製品の輸入によって、製品が安くなり、消費者が恩恵をこうむるという点にある。しかし、安価な製品の輸入はデフレを促進する。
 デフレとは、需要不足が続くこと。これを停めるには、需要を追加するか、供給を削減する。貿易自由化により、国産品が輸入品に代替されると、需要側では、国産品関連の雇用が奪われ内需が減少する。他方、供給側を見ると、競走の激化で生産性が上昇し、供給が増加する。かくて、貿易自由化は需要不足と供給過剰を深刻化し、デフレを悪化する。
6. グローバル企業と国民の利益の不一致。
 輸出企業が儲かっているからといって、その企業と同じ国籍の国民が豊かになるわけではないのが、グローバリゼーシヨンという現象の本質です。
 この点で、法人税減税は誤り。法人税を減税して、企業が儲けても国民が豊かになるわけではないからです。
7. 日本がTPP参加を見送っても、アメリカは日米安保をやめない。
 日米安保アメリカにとってメリットがある。TPPに日本が参加しないからといって、このメリットをアメリカが棄てることはない。

この本を一言で要約すると、「レジーム・チェンジ」、「グローバル恐慌の真相」で論じた著者の理論をTPPという具体的な問題を通して、詳述した本です。昨年の新書大賞第3位に選ばれたそうです。
最後に、筆者が述べているように『社会人になってから一度も本格的な経済成長を体験したことがない世代』から、こうした論旨明快なエコノミストが出てきたこと、頼もしい限りです。