若者を見殺しにする日本経済

*[経済と世相] 原田泰さんの新刊が出た。『若者を見殺しにする日本経済』(2013年11月、ちくま新書)です。早速図書館で借りて読みました。
 原田さんは、アベノミクスの金融政策を全面的に支持しているようだ。一番興味深い記述は以下です。
【日銀(白川総裁以前の)は、貸出が増えない限り経済は刺激されないという信念を持っているがそれは誤りである。銀行貸し出しは97年以降、傾向的に低下しているが、生産は貸出しの動きに関係なく動いている。
 金融政策が経済に持つ経路は様々である。金融政策が株などの資産価格を上昇させれば、家計は消費を、企業は投資を拡大する。金融緩和によって為替レートが下落する。円が下落すれば、輸出が増える。当然、輸出企業の雇用も給与総額も増え、消費が増大する。
貸し出しが増えなくても経済は刺激を受けるのである。】
 貸し出しの増加のみで、金融緩和の効果を論ずるのは誤り、という主張には賛成ですが・・・
中央銀行が直接コントロールできるマネー、マネタリー・ベースを、日本と主要国についてみると、明確に読み取れるのは、他国が2倍から3倍に増やしているのに、日本は10%しか増やしていなかったという事実だ(2000→2012)。これでは日本の円が高くなり、他国の通貨が安くなるのは当然だ。】
 言い換えれば、白川総裁以前の日銀は、日本独自の考えで金融政策を決めてきたが、黒田日銀は、大幅な金融緩和という点で、他の主要国の金融政策に同調しただけ?
 でもそうとすれば、これは主要国の為替レート下落競争にならないのか?
【各国が競って金融緩和をして、自国通貨を切り下げれば、為替切り下げ競争が起きて大変だという議論もある。しかし、そんなことにはならない。
 まず、全世界で金融緩和競争をすれば、景気が良くなりすぎて、過度のインフレになる国が出てくる。そのような国は自国の利益のために金融を引き締める。インフレは国民の嫌うものだから】
【もう一つの理由がある。輸出が増えるときには必ず輸入も増えるということである。円が下がると貿易摩擦が再燃するという議論もあるが、これも起きない。日本の輸入も増えるのだから、必ず世界のどこかの国の日本への輸出も増えている。】
 だから、金融緩和は景気に効果があるというのだが、問題はないのだろうか。各国が金融緩和したとき、大量に発行した通貨はどこへ行くのだろうか。
私は、投機市場に集中し、たとえば、為替レートが投機で動くようになり、実体経済に悪影響をもたらすと思う
著者は日銀をこう批判している。「日銀は通貨の番人でなく銀行の番人」になっていると。必要なのは、「中央銀行の独立より金融政策のルール化である」と日銀の独立にも反対しているのだが・・・
 次に、この本は、重要な指摘をしている。格差問題です。
【格差が大問題になっている。・・
2004年の派遣法の改正で様々な業種で非正規社員を雇いやすくなり、その結果、格差が進んだという議論である。】
【これまでの日本の安心は、会社が中心になっていた。しかし、日本の会社はそのような重みに耐えかね、正社員を極力採用しないようになってきた。しかし、90年代以降、雇用が不安定になってきた。正規社員の仕事は減少し、増えたのは非正規の仕事ばかりだった。
 (統計を見ると)バブル崩壊後も97年2月まで伸びてきた雇用は、それ以降ほとんど横ばいでわずかに増えるだけになっている。雇用のうちで、正規雇用は減少し、非正規の雇用が伸びている。正規雇用数(役員は除く)がピークになったのは1997年2月だが、それから2013年4〜6月期までで、正社員は494万人減少し、非正規社員は731万人増加した。(だが)非正規の増加のうち、派遣での増加は112万人、比率では15.3%にすぎず、非正規が派遣の問題であると考えるのは誤っているようだ。
 非正規の全雇用に占める比率は97年2月の23.2%から13年4〜6月期には36.2%となった(84年では15.3%に過ぎなかった)。
 すなわち、小泉政権の2004年に派遣法が改正され、企業が派遣を雇いやすくなったのは事実だが、企業は派遣でなくても、非正規社員を雇うことができる。非正規比率は小泉政権以前からトレンド的に伸びている。・・・要するに、企業にとって正規社員を雇いたくない事情がずっと続いてきたのが非正規増大の要因だろう。】
 筆者は小泉内閣の路線を評価したいらしい。
【90年代後半以降、若年層の所得格差が拡大したのは、正社員になれた若者とフリーターのままの若者の所得格差が大きかったからだ。正社員同士の格差より、正社員とフリーターの格差が多きいから、正社員になれない若者の比率が高まれば、所得格差は拡大する。
若者が正社員とフリーターに分化したもっとも大きな理由は、80年代は景気がよくて、90年代は景気が悪かったからだ。】
 【日本の所得格差が拡大している理由として、グローバリゼーシヨンが挙げられることが多い。グローバル化した世界では、先進国の労働者は、世界のもっとも貧しい国の労働者とも競争しなければならない。その結果、日本のような先進国の労働者には賃金を低下させる圧力が働く。】
しかし、統計(1990→2006年)を見る限り賃金格差が拡大しているとは言えない。
【日本について、グローバリゼーシヨンが日本の格差を拡大したという研究は見当たらない。グローバリゼーシヨンが格差の原因とするには、まだ検討の余地がある。】
 
【日本にはジニ係数に比べて相対的貧困率が高いという問題がある。相対的貧困率とは、所得が低い人から高い人を並べてちょうど真ん中にある人(中位所得)の半分以下の所得しかない人の比率である。一方、ジニ係数とは、所得がまったく平等に分配されていた時に比べて、どれだけ不平等に分配されているかという指標で、まったく平等ならゼロ、一人にすべてが分配されていれば1になる。このような指標の性格からして、下が低くても上が高くても指標は大きくなる。一方、相対的貧困率は、貧しい人が多いか少ないかの指標である。(OECDによると、相対的貧困率で、日本は先進国14か国中二番目に不平等と言う)日本の問題は貧しい人の多いことだ。】
【さらに。地域格差という問題がある。これも小泉構造改革で地方の公共事業を減らしたから所得格差が拡大したという議論がある。民主党の「コンクリートから人」のスローガンによってなされた公共事業の減額も、地域格差を拡大したという人がいる。また、円高で地方の工場が海外に移転したことも大きい。円高をもたらした金融政策は、地域間の所得格差を拡大した。】
【そもそも地域間の格差を問題にすべきであろうか。個人間の格差を縮小するには、もっとも所得の少ない人に焦点を当てればよいが、地域間の格差を縮小するには、所得の低い地域の所得の高い人の所得も引き上げなければならない。】
ここから著者は、貧困対策として「最低限の所得補償を与えた上で、働いて得た所得に通常の税率で課税する、負の所得税(またはベーシック・インカム)について論を進めている。
つまり、グローバルな自由経済の時代、デフレの克服には、金融政策しかない。それでも残る貧困問題には、財政政策でなく、税制など社会システムの変革が必要だと言っている