ケインズの逆襲・ハイエクの慧眼

アベノミクス以外に道はない!」、安倍首相は力説します。経済学的にみて、本当にこの道しかないのか、経済学者の意見を知りたいと新刊書を探してみました。
ケインズの逆襲・ハイエクの慧眼」(松尾匡著、PHP新書201411月刊)を丸善で見つけ購入しました。 著者は、1964年石川県出身。久留米大教授を経て立命館大学教授。著書に『商人道のススメ』、「新しい左翼入門」(講談社現代新書)がある。
 30年間続いた経済政策の大誤解(第1章)で始まります。
70年代、政府が経済に管理介入するそれまでのやり方からの脱却の動きが世界中で起きた。
これを著者は「変換X」と呼ぶ。著者によれば、「転換X=小さな政府」と誤解したのが、失敗の始まりだったという。
「転換X」を知るキーワードが二つある。一つは「リスクと決定と責任」、もう一つ、「予想は大事」だという。前者は、ソ連の崩壊を見ればわかる。
ソ連型システム」とは、ある程度以上の規模の企業は原則すべて国有化して国の中央からの指令しに従って生産する経済のしくみです。ソ連は1928年頃成立し、この体制下猛烈なスピードで工業化が成し遂げられ1953年スターリンの死去後のフルシチョフの時代には、国民総生産が世界第二位、水爆実験にも成功し、アメリカより先に人工衛星を飛ばしました。しかし、この体制下では、人々は暮しに必要なものがなかなか手に入らず、我慢を強いられ、西側との格差がどんどん開いて行き1991年末、崩壊に至りました。
 そして、ロシヤはじめ崩壊後の旧ソ連諸国では、私有の企業が営利目的で市場取り引きする資本主義経済へ怒涛の移行が始まったのです。
何が問題であったか?ソ連型体制下では、経営者が責任をとらない。投資判断がうまく当たれば、昇給やボーナスが与えられ名誉をえられるけれど、失敗しても「前よりさほど低くない地位に左遷されるだけ」。つまり彼らは、決定の結果に責任を取る必要がなかった。
「リスクと決定と責任」が一致していないと、うまくいかないのは、ソ連型システムに限らない。福島第一原発事故もそうです。
 事故が起こったときの被害は計り知れないが、そのリスクは住民にかかり、原発建設を決めた人にはリスクがない。事故処理にも自腹では責任を取らない。税金がつぎ込まれることになる。
リーマンショックも同じです。サブプライム取引の損失で経営危機に陥った大手保険会社のAIGに巨額の公的資金が投入され、その後同社は幹部に160億円相当のボーナスを払った。
リスクのある金融取引を決定しながら、決定者はそのリスクにかかってくる顧客などに責任をとらない仕組みになっていた。
結論として、「リスクが一番あって、そのリスクに関する情報を一番持っている人がリスクを予想して決定し、その責任を引き受ける」しくみが一番いい。
以上が、キーワード、「リスクと決定ト責任」、「予想は大事」の意味です。
経済学者ハイエクは、社会の経済問題は「ある時間と場所における特別な状況変化に対する敏速な適応の問題」。状況変化がなければ中央計画経済でよいが、さもなければ、経済活動は民間企業の自由にまかせた方がうまくいく、と主張する。
ハイエクは、競争が有効に働くためには、よく考え抜かれた法的枠組みと政府の加入が必要で、政府が行うすべての活動は、明確に決定され前もって公表されているルールに規制される。政府当局がどのように強制権力を行使するかが予測できることが大切だ。
それはつまり、強制権力を行使する行政組織にゆるされる自由裁量権は、できるだけ最小限に抑えることを意味します。
第5章では、民間企業の活動を、ゲーム理論で説明し、「民間人が彼の予測に基づく経済活動する際に、政府がさらにリスクをオンするような行動をしてはならない」と説きます。
1980年以降の景気の動きと経済学の展開が示していることは、なんでも「小さな政府」にすればよいということではなかった。政府の介入が批判されるのは、政府が、現場の情報が届かない高みで、人々の予想できない決定をすること。人々にリスクを押し付けて、その結果について責任を取らないことです。この意味で、「転換X」で求められるのは、政府の財政規模を小さくすることでなく、権限を小さくすることだという。
 こうした政策の一例として「ベーシック・インカム」(労働と生存を切り離すしくみ)を解説し(第6章)、第8章で、雇用と社会保障制度についてのスェーデンのモデルを解説しています。
ミルトンフリードマンケインズ政策全盛時代からケインズ理論を批判して、民間企業の自由な活動に任せて「小さな政府」にしたら、市場メカニズムが働いてうまくいくと大声で提唱し続けました。
ケインズ経済学は、それとは逆で、資本主義の市場をほかっておいてはうまく働かない。ときどき不況になって失業者がたくさん出てしまう。そんなときには政府や中央銀行がおカネをつぎ込んで景気を良くしなければならない。それによって雇用を増やさないといけないと主張します。ケインズ政策、つまり「大きな政府」は現在でも有効です。
書名の「ケインズの逆襲、ハイエクの慧眼」はこの意味で、「小さな政府」は、「権限の小さな政府」と解すべきと主張している本です。