悪夢のサイクル

 評論家の内橋克人さんが新刊を出したと言うので早速買ってきました。『悪夢のサイクル』(文藝春秋、¥1500)です。経済に関する本というものは、なかなかすらすらとは読めないのですが、この本は誠に読み易く、一晩で一気に読了しました。
 バブルの発生・崩壊後の日本の社会・経済に起きたことを整理して述べていますが、以下、印象に残った個所を紹介します。
 05年、生活保護所帯(東京で3人所帯の場合、月収16.5万円以下)が100万所帯を超えた。92年は58.6万所帯だった。
 貧困率が15.3%で、先進国中米国に次いでワースト2になった。
 フリーターは(15〜34歳で)91年の182万人から417万人に増加した。
 刑法犯の認知件数は、92年の235.5万件から02年に369.4万件。刑務所の収容率120%。

 何故こういうことになったか?内橋さんはその原因を次の三つだと主張する。

1.規制緩和(今迄公平なアンパイヤのいたゲームからアンパイヤをのけてしまうことが規制緩和だった)
 労働者派遣法の改悪が大きかった。96年の改定で対象業種を増やし99年の改定で原則自由にし、04年に派遣期間を1年から3年に延長、対象を製造業にまで広げた。(これが致命的だったと私は思う)
 耐震偽装事件は、規制緩和の結果、起るべくして起った。

2.税制のフラット化。(累進課税の緩和)
 所得税最高税率は83年の75%から現在37%に引き下げられた。相続税も70%から50%に下げられた(03年)。
 法人税は85年の43.3%だったが、現在30%に引き下げられた。
 結果、所得税法人税の総額は44.4兆円から23.2兆円に(90年、04年)。
3.資本の自由化

 つまり、小泉改革構造改革の理念を全否定しているのが面白い。
 何故、国民はこうした変化を受け入れたか?
 ①大きな錯覚があった。国民は『規制緩和』を『官僚支配打破』と錯覚したのだ。
 これについては、いわゆる審議会答申に誤魔化された面を否定できない。
 ②『小選挙区制』の導入。昨年の郵政選挙をみればこれ以上説明の必要はない。

地方財政の問題
 80年代に行われた日米構造協議により、日本はアメリカに内需拡大(つまりお金を使うこと)を強く求められ、91〜2000年までに430兆円の公共投資を行う約束をさせられた。中央はこの約束を地方に押し付けた。地方債を乱発させ、これが地方自治体の財政破綻を招いた。

米国の要求の背景
 冷戦終結以降、アメリカがさまざまなかたちで、日本に資本の自由化、規制緩和をもとめてきたのは、80年代にアメリカの政権の経済理論が市場原理主義にかわったということが大きい。
 (これは私流に解釈すると、製造業の競争力を失いつつある米国は、金融業で金を稼ぎ出さないと、世界覇権を維持するお金を稼げない。だから、資本・金融の自由化の障壁になるものは、全力で打ち壊さねばならないのだ。)
 ブッシュ政権による03年のイラク攻撃の真の目的はマネーの障壁を打ち砕くことにあった。
 しかし、市場原理主義は証明された経済理論ではない。

 「海外からの資本流入の自由化で、景気循環の中身が従来と変わってきた。」と、内橋さんは説く。
 従来の景気循環 好景気→消費過剰→インフレ→生産増強→供給過剰→デフレ
 現在の景気循環 海外マネーの流入→バブルの発生→インフレ→海外マネー流出→デフレ

 巻を置くあたわず読み通した本、望蜀の願いですが、労働規制の緩和と貧困率の関係、及びそれによる人件費のコストカットと最近の企業景気のいざなみ越えの関係について実証的な数字が欲しかった。
 また、バブル以後の海外マネーの流出入と、日本の景気との関係を実証するデータが欲しい。