賛美歌から猥歌

 賛美歌312番が何故「冬の星座」に酷似しているのか、久世光彦「マイラストソング」を読んでみようと、図書館に立ち寄りました。

 調べてみると、この本は久世さんが雑誌「諸君」に十数年連載していた歌に関するエッセイをまとめたもので、既に5巻出ていて「マイラストソング」はその最終巻らしい。
 「賛美歌312番」はどうやらその最終巻に出ているようだが、貸出し中だったので、「予約していただけないですか」とメモを受付の女性に持っていったら「“くぜ・みつひこ“ですね」と言う。
 「光彦って“てるひこ”と読むんです。」と、余分なことを言ってしまった。70歳過ぎると一言多くなると、反省。

 しかし、第二巻(“みんな夢の中”)と第三巻(“月がとっても青いから”)は書棚にあったので、手にとって見たら面白そうなので借りてきて読んでみました。

 読んでみると、実にレパートリーが広いんですね、感心してしまった。演歌はもとより唱歌フォークソング、ロシヤ民謡、軍歌、賛美歌、はては猥歌まである。

 それらについての久世さんの思い出を語ることで、久世さんの自分史になっている。氏は1935年生れだから、私より1歳年長だがほぼ同世代なので、語っていること、歌の思い出など同感することが多い。

 第三巻から面白いエピソードを紹介しましょう。

【文化が盛んな国ほどいい<猥歌>があると誰かが言ったが、その点日本はいい線いっているかもしれない。

 早いもので三木のり平さんが亡くなって1年が経った。その三木のり平さんと森繁さんの至芸を一度だけお座敷で見たことがある。―― 二人が神妙に登場して、屏風の前に並んで膝に手を揃えて正座し、一礼する。しばらくの静寂があって、森繁さんが「ハッ!」と裂帛の気合いをかけると、二人はそのまま30度ばかり前傾し、目の前の畳の一点に目を据え、いきなりリズムを合わせて歌いだす。と言っても、この歌には節と言うものがないから、歌うというよりは叫ぶといった方が正しいかもしれない。

 一つとせ、ひどいところに毛が生えた

・・・

 二つとせ 不思議なところに毛が生えた

 ・・・(というあの猥歌です)

 この間、二人はニコリともしない。思いつめた顔で、その表情は悲しげでさえある。3番、4番と、二人は次第にイン・テンポになっていく。と共に、その目はうつろに光を失い、やがてアナーキーな空気が広い座敷に立ち籠める。

・・・・・

 それにしても凄いと思うのは森繁・のり平の<芸>である。この二人は、単なる宴会の座興の歌を、上手くは言えないが、
どうしてか生まれてしまった人間の悲しみにまでしてしまうのだ。】

以上、「すっても剃っても」という章からの引用です。

賛美歌の話が猥歌の話になってすみません。