「いま」は常に過去?

 『進化しすぎた脳』(講談社ブルーバック、07年1月刊)という本を読みました。
副題が「『中高生と語る「大脳生理学」の最前線』とあるように、筆者の池谷裕二
が、02年12月アメリカに招かれニュヨークの高校生を相手に脳の講義をした記録
だそうです。
 こんな文章がありました。
 【人を椅子に坐らせて、ボタンを与えて、「好きな時にボタンを押してください」
という実験ができるね。つまり、ボタンを押そうとしているときの脳の活動を測れば
いい。好きなときにボタンを押すんだから、これは明らかに自由意志でしょ?だから、
普通に考えると「ボタンを押そう」という意識が表れて、それから手が動いて「ボタンを
押す」という行動になると予想できるよね。研究者の誰もが実際にそう思ったの。
ところが、答えは違ったんだ。「好きなときにボタンを押す」という、もっとも単純な
行動が、なんと自由意志じゃなかった。

 脳波をモニターしながら脳の活動を調べると、答えは先に「運動前野」という運動
をプログラムするところが動き始めて、それからなんと1秒ほども経ってから「動か
そう」という意識が現れたんだ。】

【なんでこんなことがわかるかっていうと、・・・脳の活動っていうのは、
神経細胞の働きによって生まれるんだけれど、神経細胞の活動の実態は電気信号なのだ。
・・・ということは、電流測定用の細長い電極を脳に刺すと、神経がどんな時に
どんなふうに活動しているかを記録することができる。】
(電極を刺さなくても、電気信号を映像化して見られるようになった。)


 半年ほど前、親しい友人と「心って何か?」話したことがあります。
「人間の脳には過去体験したことの膨大な記憶がある。その過去の記憶の中の自分が「心」だ。
だから、お酒のみは、心が酒を飲みたいと思って飲むのでなく、無意識に手が杯に伸びて、
「今、飲みたいと思った」と、後で、心が確認しているのだ。」
と言ったのですが、私の説明が拙く、どうしても納得してもらえませんでした。

 この本では次のように説明しています。

【(脳が)目の前の事態を把握するには、どうしても時間差がある(時間がかかる)。
だから、(たとえば)<転がっている赤いリンゴ>を正確に(脳の働き順に)描写しよう
と思ったら、
「いま目の前に転がっている物体があるんだけど、それはちょっと前にはリンゴであって、
その直前には赤い色をしていました。でもいまはどうかはわかりません!」となるよね。
・・・文字を読んだり、人の話した言葉を理解したり、そういうより高度な機能が関わってくると、
もっともっと処理に時間がかかる。文字や言葉が目や耳に入ってきてから、
ちゃんと情報処理できるまでに、すくなくとも0.1秒、通常0.5秒かかるといわれている。
・・・自分がまさに<いま>に生きてるような気がするじゃない!だけど、それはウソで、
<いま>と感じている瞬間は0.5秒前の世界なんだ。
つまり、人間は常に過去に生きていることになるんだ】

 こういう面白い話が満載の本です。