『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)

という本が評判になっています。
以前紹介した文春新書「もう牛は食べても安心か」の著者、福岡伸一さんが、PR雑誌「本」に、05年7月から07年6月まで連載されたものをまとめたものです。
20世紀後半から、もっとも発展した科学技術は、コンピュータ(インターネット)と、分子生物学(遺伝子研究)の分野だと私は思いますが、この本は、後者について、詳述しています。
 感心したのは、実に文がうまい。茂木健一郎氏も「福岡伸一さんほど生物のことを熟知し、文章がうまい人は稀有である」と本の帯で語っている。
 本の中で、『生命とは何か?』(副題)について、こんな事例を紹介しています。
 『タンパク質を構成するアミノ酸にはすべて窒素が含まれている。ひとたび食べてしまえば普通、そのアミノ酸は体内のアミノ酸にまぎれて行方を追うことは不可能となる。しかし、重窒素をアミノ酸の窒素原子として挿入すれば、そのアミノ酸を識別できる。
 普通の餌で育てられた実験ネズミにある一定の短い時間だけ、重水素で標識されたロイシンというアミノ酸を含む餌が与えられた。・・・ネズミは殺され、すべての臓器と組織について、重窒素の行方が調べられた。他方ネズミの排泄物もすべて回収され、追跡子の収支が算出された。
 ここで使用されたネズミは成熟したおとなのネズミだった。これにはわけがある。もし、成長の途上にある若いネズミならば、摂取したアミノ酸は、当然、身体の一部に組み込まれるだろう。しかし、成熟ネズミならもうそれ以上は大きくなる必要はない。事実、成熟ネズミの体重はほとんど変化がない。ネズミは必要なだけ餌を食べ、その餌は生命維持のためのエネルギー源となって燃やされる。だから摂取した重窒素アミノ酸もすぐに燃やされてしまうだろう。・・・アミノ酸の燃え滓に含まれる重窒素はすべて尿中に出現するはずである。
 しかし実験結果は・・・予想を鮮やかに裏切っていた。
・・・尿中に排泄されたのは投与量の27.4%、・・・糞中に排泄されたのはわずかに2.2%だから、ほとんどのアミノ酸は体内のどこかにとどまったことになる。
 では、残りの重窒素は一体どこへ行ったのか。答えはタンパク質だった。与えられた重窒素のうちなんと半分以上の56.5%が、身体を構成するタンパク質の中に取り込まれていた。しかも、その取り込み場所を探ると、身体のありとあらゆる部位に分散されていた。特に取り込み率が高いのは腸壁、腎臓、脾臓、肝臓などの臓器、血清であった。当時、最も消耗されやすいと考えられていた筋肉タンパク質への重窒素取り込み率ははるかに低いことがわかった。』
 このことは何を意味するのでしょうか。(つづく)