民営化とヴァウチャー

 今、「民営化で誰が得をするか」(石井陽一著、平凡社新書)という本を読んでいます。
 『所有移転型の民営化とは、基本的には国有財産の売却である。国民主権の立場からいえば、国有財産は国民全体に帰属するものであり、事実、日本の公社・公団は、国民の税金や郵貯簡保、年金を原資として形成され、育成され、運営されてきたものだ。』
 著者は、国民の財産を株式にして市場に売却するのなら、何故、国民に分け前が来ないのか、と問題提起します。
『日本の分割民営化は、天下りの口を増やし、高給取り、高額退職金取りが優遇され、低所得の職員はリストラされるという構造になっている。まさに格差社会を象徴している。
 政府保有株の売却に際しては、国民にせめて1枚くらいのヴァウチャー(株券引換証)を交付してもよいところである。あるいは、せめて1株くらいは無償または特別割引価格で交付すべきである。』
 外国の事例を引用し、たとえば、サッチャーの民営化について
 『新自由主義を民営化中心に実践したのが英国のサッチャー元首相であり、規制緩和中心に実践したのが米国のレーガン元大統領である。
 IMFからの借り入れを容易にするため、79年に英国石油会社の政府保有株のうち2億9千万ポンドを売却し、政府債務を軽減しようとしたのが民営化の始まりである。
 この時、資本市場における放出ばかりでなく、総株式の0.25%ではあるが、従業員持ち株のための優先枠に割り当てられた。サッチャー元首相のIPO方式の民営化には従業員持ち株、MBOを添えてあるのが特色で、当該企業の従業員の申し込みに対してわずかな株数だが無償交付もあり、それに購入代金割引、付加交付を組み合わせる手法である。・・・大衆資本主義の理念の具体化である。』
 更に、ロシヤの民営化に関連する騒動。
『80年代後半から90年代にかけて、ロシヤでは全部が国営国有であった資産を民営化するにあたり、国民に1枚のヴァウチャーを交付し、共産主義の復活を抑止するために全国民をロシヤ産業の株主に仕立てることにした。根底にはシカゴ学派の、企業の所有が公的管理から開放して民営化すれば生産効率が上がる、民営は国有にまさるという理論の影響があった。
 ヴァウチャーの立案を助けたのは、シカゴ大学フリードマンの門下ロバート・ビシュニーである。92年にロシヤの産業・商業資産の価値を計算し、全国民の数で割って、一人当たりの分け前を弾き出し、その価値に相当するヴァウチャーを一人一枚ずつ分配した。1枚あたり1万ルーブル。国民は国立貯蓄銀行の最寄支店で25ルーブル支払い、登録するだけで受け取ることができた。しかし、インフレの進行でヴァウチャーの実質価格は下落、1〜2年後には1万ルーブルが25ドル相当になってしまった。証券市場というものを知らない国民がどう使うかわかりかねているうちに、「ヴァウチャー・ファンド」を設定する者が現れ、ファンドの株を買うのにヴァウチャーを使ってくれたら高額配当すると約束して計画倒産し、ヴァウチャーを持ち逃げするという詐欺事件も起きた。』

 著者の言うように『 日本の民営化は、構造改革という理念先行で推し進められてきたが、国民はこのあたりで幻想から覚め、そのプラス・マイナス、メリット・デメリットを冷静に多角的に検証すべき時期に来ている。』ようです。