ただ時の過ぎゆかぬように

 阿久悠さんの『ただ時の過ぎゆかぬように』(岩波書店03/01/28刊)を読みました。
 書名が難しいのですが「ただぼんやりして時代が過ぎていっては具合が悪いので、書き残しておくメモ」というような意味に、私は取りました。私も「ただ読み過ごさぬように」、同感した部分を同書からメモしました。

【もともと僕は、学校教育に関して極論の持ち主で、小学校は国語だけでいいと思っています。英語だって、日本で生活していながら日本語以外に英語を覚える場合には、まずは基本的に日本語で考えるわけだし、科学的なことを勉強するにしても、日本語で書いたものを読んで解釈していくわけだから、基本は何より国語です。国語力、読解力さえあれば基本的にすむはず・・・】
【・・でも、近年はわからないものが多くなっている、という感じがぬぐえないんです。
 その最たるものは機械製品のマニュアルです。僕は物書きですから、読解力は人後に落ちないと信じているのですけど、マニュアルは全然わからない。・・・(マニュアルは)特殊な書き手と読み手の間の隠語として書かれている。】
【昭和とともに終わったものが一つあって、それが歌謡曲なんです。歌謡曲というかたちで、社会と人の気持ちの真ん中に座っていたものが、はじけるように終わった。・・・それは昭和が終わったからなのか、その年に美空ひばりが死んだからなのか、浜口庫之助が死んだからなのか、わからないけれど、そこで終わったんだなと気がつく。・・・
 いま、もてはやされているのは、歌じゃない。そのころから僕は、「ミュージックはあるけどソングはない」という言い方をするようになりました。】

【日本ではやはり終身雇用しかないのではないか、ということです。一つ一つの仕事で答えを出し、利益を出していきながら40年も50年も生きるというのは、つらくてたいへんですよ。民族的に戦う体質がないとすると、とにかくいるだけでいくらか保障される、という終身雇用がきっと向いている。終身雇用が悪く言われたのは、終身雇用のパワーがほかの国にとって怖かったからという面もあったと思うんですよ。】
【それにしても、いまの日本のリストラのあり方には首をかしげますね。何のためにやるのか、目的がはっきりしているように見えない。・・・ただ首を切ればいい、というものではないはずです。それではスリムになるのではなく、ただ痩せ細るだけです。やるとなったらどんどんやるけど目的は何だったかを考えない、というのが日本の特徴だとしたら、とても残念なことです。】

【一億人がノーと言っても、地元の選挙区で10万人がイエスといえばオーケーで、「当選」ということになってしまう。つまり、その選挙区の10万票さえ取れれば、ほかの1億人もの人が自分のことを信用しないというのは関係ない。・・・
 それにしても、日本中で1億人もの人が自分のことを信用しない、あるいはバカじゃないかと思っているとしたら、ふつうの神経なら「当選したっていやだなあ」と思いませんか?そこがふつうじゃない。それすら思わない。政治の世界では、要するに、羞恥心のない人だけが生き残れる。】 
【だいたい、小泉さん(首相)は二行以上はだめなわけ。「感動した」とか、そういうことは言える。それ以上の長さのものが、なかなか出てこない。それに最近は、小泉さんはある種の軽い健忘症じゃないかと思うときがあります。彼はよく同じことばを積み重ねていますね。ひとつのテクニックとして、いつも同じことばを言うことで効果を出すというやり方はあるんですが、それを計算してしゃべっているとは思えない。単に言ったことを忘れたまま、もう一度言っているだけじゃないか。】

 阿久さんは「ことば」を大事にしたかった。そして、その大事なことばで、阿久さんが語りたかったのは「時代」であったのだと、私は考えます。

 この本の内容は、下記のホームページに連載されたものです。
http://www.aqqq.co.jp