美しくない日本・壊れる日本人

 新潮文庫の11月は面白い企画で新刊を出した。
『美しくない日本』フェアと題する以下の3冊です。
 壊れる日本人 柳田邦男著
 自伝の日本学 保阪正康
 国家の罠    佐藤 優著
 早速買い求め、読んでみることにしました。
 まずは『壊れる日本人』の紹介です。
「ケータイ・ネット依存症への告別」と副題のあるこの書は、2004年に『新潮48』に連載した時評です。
 例えばTVゲームについて【脳がダイナミックに成長する幼児期に、毎日テレビゲームにひたっていたら、反射的な運動神経やカッとなったりする感情的反応の神経ばかりが発達して、人間として大事な、感情をコントロールする自制心や事態の全体をとらえようとじっくり考える判断力や創造性につながる思考力は発達しないという「ゲーム脳」説について、私はそのとおりだと思う。】と述べる。
 同じ趣旨で、幼少期にケータイやネットに熱中すると、人格の形成にマイナスの影響を与えるのでは?と数々の事例を引いて、この本全体で主張しています。
 以下は私の思いです。個性の尊重という言葉がよく言われますが、個性は生まれながらに持っているものでないと思うのです。生後、周辺の環境、言い換えると、親兄弟や地域の人たちとの交渉を通して、脳の配線が完了する過程で、彼あるいは彼女の個性が出来上がる。生まれたときには個性は存在しないと思っています。ですから、脳の配線を健全に行うには、特に幼少期の人との交流が大事です。
 その意味で、ケイタイやネットが、幼少期に直接人と交流する時間を妨げるとしたら、筆者の主張に賛成です。
 この本の面白いところは、ノンフィクシヨン作家らしく、取材で得た沢山の事例で論議を進めている点です。そんな事例の中からエピソードを一つ。
【66歳の肝がんの男性患者の最期が切迫していることを示す兆候が現れた。下顎呼吸だ。家族や親戚の人たちが集まった。家族の願いがあった。ある事件で拘置所に入っている次男にも、死に目に会わせてやりたいというのだ。T先生は、裁判所に出す診断書を書いた。次男は警察官に付き添われて来ることになったが、男性の血圧が下がり始めた。なんとか次男が到着するまで男性の命をもたせてあげようと、昇圧剤とステロイドを投与する。通常はがんの末期には、そんなことをしないで自然のままに死の訪れを待つのだが、T先生は、心の中で<<生きろ、生きろ>>と願って、あえて薬剤を使ったのだ。
 次男は間に合った。ところが、最期の刻が来ないうちに、警察官が「5時だ、もう帰える時間だ」と促した。T先生は、あと5分か10分と交渉し、警察官も黙認してくれることになった。すると、T先生は心の中で<<死よ、10分以内で来てくれ>>と思っている自分に気付いた。】