国家の罠

 佐藤優著『国家の罠』は、米原万理さんが、05年12月25日の読売紙上<今年の3冊>で「今年わが国で誕生した作家たちの中で私的にはNo1のデヴュー作」と激賞した本を文庫で発刊したもの。第59回毎日出版文化賞特別賞受賞作品とのことです。
 米原著「打ちのめされるようなすごい本」によると(括弧書きは小生挿入の注)、
【取調べ中に担当検事は「これは国策捜査なんだ」と明言する。・・・近視眼的には、外務省の居心地の良さを乱す真紀子と宗男を駆逐するために、外務官僚たちが破廉恥なリークによって仕組んだ対決なのだが、?対米追随のアメリカスクール(冷戦が米国の勝利により終結したことにより、今後長期間にわたってアメリカの一人勝ちの時代が続くので、日本がこれまで以上に米国との同盟関係を強化しようと考える)、?中国やアジヤとの関係を重視するチャイナスクール(冷戦終結後、国際政治において深刻なイデオロギー上の対立がなくなり、かえって日米欧各国の国家エゴイズムが剥き出しになる。日本は中国と安定的な関係を構築し、アジヤでの安定した地位を得べしと考える)、?対ロシヤその他との関係のバランスを図ろうとするロシヤスクール(日米中ソのパワーゲームの時代が始まる。現在最も距離のある日本とロシヤの関係を近づけることが日本にとってプラスと考える)という三つの潮流(スクールはこの場合外務省の派閥と考えて良い)の中、?が真紀子とともに、?が宗男とともにパージされ、?の対米追随一辺倒になってしまったというのだ。・・・
 捜査は始まったときと同じく唐突に打ち切られる。「この話を事件化すると相当上まで触らなくてはならなくなるので、検察の上が躊躇し始めた。「今回の国策捜査はヤレと指令したところと撃ち方ヤメを指令ところと一緒なのだろうか」
 おぞましくも情けない外務官僚の生態や、佐藤が組織したロシヤ情報の宝庫イスラエルでの学会を当初は絶賛していたのに事件になるや掌を返す哀れな御用学者の姿を描き出すなど諧謔味溢れる筆致。・・・
「512日間の独房生活は、読書と思索にとって最良の環境だった。学術書を中心に220冊を読み、思索ノートは62冊になった」。類い稀なる作家の誕生は、生来の才能が獄中で研ぎ澄まされたおかげかも。私(米原)も拘置所に行きたくなった。】
 「あとがき」の中で、筆者は鈴木宗男氏についてこう述べる。
【保釈後、鈴木氏は、北海道内をくまなく歩き、新自由主義的改革がもたらす災厄を皮膚感覚でとらえた。それと同時に、権力に近づけば、自らが理想とする形で北海道を豊かに出来るという旧経世会的なパターナリズムが機能する基盤はもはや存在せず、新しい政治運動と理論が必要であると痛感した・・・】
 お役人にしては、こなれた文章をかく人だな、というのが小生の読後感。拘置所暮らしがどんなものか知りたい人にもおすすめです。最後に私見ですが、・・・
 「新自由主義的改革」という国家戦略こそ、ブッシュ政権が最も日本に望んだ戦略で、対米追随をこととした小泉政権にあっては、外務省内がアメリカスクール一辺倒になったのも止むを得なかった。

以上、「美しくない日本フェア」の新潮文庫3冊を読んでの、感想を送信させて頂きました。