とんでもない人を首相にしてしまった

もう年末です。気がついてみると、読むつもりで買い込んだ本が何冊かツンドク状態になっている。というわけで、この所せっせと読み始めた。

高村薫さんの【作家的時評集 2000-2007】(朝日文庫)もその1冊です。

高村さんは言う。

【最近、自分が生きてきたはずの半世紀がひどくぼんやりした姿をしていることに気がついた。オリンピックとか、万博とか、アポロ11号とか、当時身近に経験した出来事について正確に自分が何を考えたか、もう分からないのである。たぶんこうだったという程度の感慨はあるが、人間の記憶は、無意識に書き換えられたり、捏造されたりするものだということが医学的に判明している今日、わたくしの感慨の記憶がはたして正しいか否かは、もう誰も知らない。少し大げさに言えば、それはすなわち、わたくしという人間の人生が一つ、そうして散逸していくということでもある。

たとえば『過去の反省』と内外からいわれても、その日その日の日記をつけて自分と向き合うことをしてこなかった個人には、もう無理なことだと考えたりもする。】と言うことで、日付のある評論をまとめて「作家的時評集」。印象に残った文を紹介します。

【2001年9月11日

 私は、この事件を、4月の小泉政権発足という大きな転換点の脈絡のなかで見ています。小泉政権が誕生したとき、40数年生きていて初めて味わった痛切な感覚は、自分が少数派になったという感覚でした。国民の9割が小泉政権を支持したけれど、私は支持できない。・・・

今回の事件でも、小泉首相を筆頭に「新しい戦争」の大合唱です。「人類の文明、自由社会に対する戦争だ」というブッシュ大統領の演説に追従して、自衛隊を後方支援に出すという。これはおかしい。今回のテロは、アメリカに対する戦争であって、世界に対する戦争では決してないからです。】

この文に始まって、小泉批判が続く。

アメリカを支持するかどうか、その是非を問う前に、まずは「支持する」と決めたことについて、日本政府は説明しないといけません。

小泉さんは会見で、

「基本政策の転換ではありません。日米同盟と国際協調とは両立できる」

と言ってますが、これは明らかにおかしい。今回の「支持」は、国際協調路線を捨てて日米同盟を優先させるという日本外交の方針転換になります。

イラクの脅威に対して先制攻撃するということは、国連で合意したことではなく、アメリカ独自の国家戦略です。・・・

本音はきっと「北朝鮮の脅威に対して、有事に備えて国際協調よりも日米同調を優先させた」ということなんでしょう。・・・でも、外交方針の大転換させる重大な局面なのですから、そうならそうと、はっきり説明しなければいけません。

とはいえ、小泉さんの頭にあるのは単純な理屈だけで、北朝鮮の脅威が実際にどのくらいあるのか、日朝平壌宣言での方針と矛盾していないか、大きな前提としてどう解決しようとしているのか、その先の「説明」をするための論理は何も構築していないと思います。・・

・ ・・この人は、複雑な物事や背景を考える思考能力がないんだと思います。

 大変な時期にとんでもない人を首相にしてしまったと思います。イージス艦だって突然、中東に派遣して、アメリカ艦船の燃料補給だけといっていたのに、いつの間にか諸外国の船にも補給するという。いつ国民に説明したんですか。これでは有事法制や誇人情報保護法安も議論もないまま通過します。

 もともと説明能力のない人が、戦争を支持するという説明ができないような決定をして、誰にも意味が分からない会見になってしまった。こういう状態で、なぜまだ4割の人が小泉さんを支持するのでしょうか。[週刊朝日]03年4月4日  (続く)