戦争する脳1

 本屋を冷やかしていて「戦争する脳」(平凡社新書、計見一雄著、07年12月刊)という本を見つけました。「脳」という文字を見ると、直ぐ買いたくなる癖があって、つい買ってしまいました。
 「戦争をしているとき人間の脳の内部でどのような信号のやり取りがあるのか」を記述した本かな?と思ったのですが、そうではなく、著者は精神科医で、戦争によって精神異常をきたす患者の、いわば臨床医的解説でした。これはこれで面白い記述がありました。
 著者によると、
【ヒトの脳は宇宙で一番良くできた思考機械であるが、重大な弱点が三つある。一つは、一日7〜8時間の睡眠を取らないとちゃんと働かないこと。48時間完全に断眠した脳は全くあてにならない。二番目の欠点というか、取説上の注意点とでもいうべき特長は、連続して単独運転させるなという点である。・・・脳と脳の間のやりとり、つまりコミュニケーシヨンというやつが欠けると、フィードバックのない孤立回路になってしまう。時々他の脳に相談させないと、へんてこな結論を出す恐れがある、という注意点。最後の三番目は、脳だけじゃ(手・足や感覚器、つまり体を使わない)考えることも、感じることもできないという当たり前の真実。】
 太平洋戦史に詳しい方はご存知ですが、「栗田艦隊謎の反転」といわれる出来事がある。レイテ沖海戦で、レイテ島上陸を目指した米輸送船団に、大和・武蔵の巨艦を含む日本艦隊が殴りこみをかけたのだが、目的の輸送船団が潜むレイテ湾を目的にして、反転北上してしまった。敵空母艦隊発見の虚報に惑わされたらしいが真相はわからない。この事件に関して著者はこう述べている。
 【栗田長官が後こう語っている。「その時はベストと信じたが、・・・三日三晩ほとんど眠らないで神経を使った後だから、身体の方も頭脳の方も駄目になっていたのだろう」・・・
 チャーチルが『第二次世界大戦史』の第17章で、「栗田の心は相次ぐ出来事に圧迫されて、混乱したのかも知れない。彼は三日間にわたって絶え間のない攻撃を受けて多大の損害を蒙り、彼の旗艦はボルネオから出向して間もなく沈められていた。同じ試練を耐え抜いた者だけが、彼を審判することができるであろう」と述べている・・・。
 睡眠生理学の教えるところでは二晩の徹夜には脳は耐えられない・】
もう一つ、
大政奉還前後の京都・・・慶喜が侍医の松本良順を呼んで「頭が働かない、何を考えているのかふと分からなくなる。・・夜眠れない・・・食欲もない・・」(司馬良太郎「胡蝶の夢」から)
 松本良順はいかなるレシピを出したか。その先を読んで、私はプロとして感嘆した。あ、やっぱり、である。ある薬品を極量の3倍近く服用願った。・・最後の将軍は三日三晩寝続けて、三日後さわやかにお目覚めになった。・・・何を飲ませたか、阿片である。】
 前首相は、辞任前、睡眠を取っていただろうか?(つづく)