ローマから日本が見える

「ローマから日本が見えるる」(塩野七生著、集英社文庫)を読みました。

昔、ロボット博士の故糸川英夫さんが著書で「司馬遼太郎さんと塩野七生さんが素晴らしい」と賞賛していました。司馬さんの素晴らしさは分かりますが、塩野さんはよくわかりませんでした。塩野さんの本は読んでいなかったからです。

塩野さんの本では『ローマ人の物語』(全15巻)が有名ですが、何しろ長すぎて、一度1巻だけ読んだだけで、巻を置いてしまいました。外国の歴史というものは、人名を覚えることも苦手です。

それで、文芸春秋に毎月連載されるエッセイだけは目を通しましたが、『ローマ人の物語』も『ルネッサンスの女たち』も読んでいなかったのです。

書名を見て、文庫本1冊で、あの長い『ローマ人の物語』のエッセンスを読めるに違いない、と買い求めました。
思惑が当たりました。

塩野さんによると『後世、ローマ帝国に対する批判なり、非難はさまざまになされていますが、歴史的事実として見たとき、民族の違い、文化の違い、宗教の違いを認めた上で、それらをすべて包み込む「普遍帝国」を樹立したのはローマ人だけでした』

「宗教の違いを認めた上でそれらを包み込む社会」を作ることが、いかに難しいかは、今日のパレスチナ問題を見ても、イラク問題を見ても明らかです。人類は、2,000年前のローマ人以上の「普遍帝国」の構築に成功していない。「帝国」というと、抵抗を感ずるかもしれませんが、ここでの「帝国」とは「パクス・ロマーナ」。即ち、その地域内で、外敵を排除するだけでなく、治安が保たれ、暮らす人々が安心して生活を送れる地域、の意味です。

ローマ人の成功の理由は、ローマ人の社会の組織原理にある。と、塩野さんは言う。

一言で言えば、敵であっても、戦いの終わった後は「ローマの市民権」を得る道を与えたことです。(ローマの市民権とはローマの選挙権。日本に勝利した米国が、米国大統領の選挙権を日本人にも与えるようなもの)

こうした話を理路整然と述べています。この理路整然さが、糸川さんをして激賞せしめた理由であろうと思います。

余話として述べられていることも興味深い。

たとえば、カエサルクレオパトラについてです。暗殺されたカエサルが残した遺言状で、後継者として指名していたのは、妹の孫、オクタヴィアヌス(後の初代ローマ皇帝)、当時無名の18歳の青年でした。クレオパトラにも、彼女とカエサルの子カエサリオンについても何もふれていない。クレオパトラの色香に迷っていたわけではない。クレオパトラの鼻が1センチ低くても、世界の歴史は変わっていなかった!

最後に、日本についてこう述べています。

『日本人にとってのリーダーとは、要するに「調整能力の優れている人」でしかない。

本来のリーダーとは、我々普通の人々、つまり大衆とはまったく違った資質を持った存在であって、そうでなければ時代を変えたりすることはできない。