「ベーシック・インカム」の話

定額給付金」が話題になっていますが、「ベーシック・インカム」という言葉をご存知でしょうか。
ベーシック・インカムとは、総ての国民の銀行口座に、定期的に国から定額の給付金が振り込まれる制度です。
「失われた年金」が問題になっていますが、今のような複雑な年金でなく、国民個々に(課税対象にしない)お金を支給する。高齢者だけでなく、国民全員。それも、今の年金のように、保険料の拠出もない。つまり、国が国民に給料を払うようなものです。その代わり、税額算定の際の諸控除はなくなります。この制度の採用で、年金や雇用保険(必要なくなる)など社会保障は姿を変えるし、税金の計算も簡単になります。
(『ベーシック・インカム入門』(山森亮著、光文社新書09年2月刊)を参考にしました。)

 この制度に対する疑問をまず取り上げます。
Q「働かざる者、喰うべからず」ではないのか?
この社会では、たまたまお金持ちの家に生まれた人であれば、働かずに暮らしていくこともできたりする。本当に「働かざる者、喰うべからず」という社会なのだろうか。もし「働かざる者、喰うべからず」と本気で思うなら、まず相続税を100%にすべきではないだろうか。
 無条件の所得給付は労働意欲を減退させるのではないか、という疑問。エーリッヒ・フロムは以下のように回答する。「現行の世の中の仕組みは、飢餓への恐怖を煽って「強制労働」に従事させるシステムである。こうした状況下では、人間は仕事から逃れようとしがちである。しかし一度仕事への強制や脅迫がなくなれば、「何もしないことを望むのは少数の病人だけになるであろう」と言う。
Q どうしてお金持ちにもお金を配るの?
お金持ちでも公立小学校に行けて、公立図書館が使えて、自治体のごみ収集サービスを利用できる(それと同じ)。 現在の制度でも、税控除などの形で、中・高所得者層も、国からお金をもらっている計算になる。

 08年の定額給付金騒動は、いくつかの興味深い論点を私たちに喚起してくれている。まず第一に、所得保障には経済効果があるという、ケインズ的な議論はいまだ生きている。一回限りの給付に経済効果があるのなら、ベーシック・インカムのような定期的な給付には一層の効果があろう。
 第二に、定率減税より定額減税の方が、定額減税より給付金の方が、低所得者層に意味があるという議論は、正しい議論である。あまりこうした議論がこれまで顕在化してこなかったことの方が不思議である。
 第三に、こうした議論の経過は税と給付が一体のものとして議論すべきものであることを今後喚起しうる可能性がある。
 Q ベーシック・インカムを主張するのはマイナーな経済学者?
 フリードマンは、あるインタヴューで経済学者間の処方箋の相違を皮肉られた時に、ガルブレイスとの間にだって、一致点はある、と答えている。
 そうした一致点の一つが、負の所得税をふくむ広義のベーシック・インカム(保証所得)の提唱である。1968年5月には、アメリカの経済学者ポール・サミエルソンやトービン、ガルブレイスらは、1200人を超える数の経済学者とともに、保証所得が経済的に実現可能でかつ望ましいとする声明を出している。

 フリードマンが熱心に語っていたのは、彼が「福祉官僚制」と呼ぶものへの嫌悪である。「現在の福祉計画を牛耳っている巨大な福祉官僚機構」が負の所得税のもとでは不要になるという。(社会保険庁のていたらくを見れば、納得できる主張です。)

Q「財源はどうする?」
 奇妙なのは、お金がかかる話すべてに財源をどうするかという質問がされるわけではないことである。国会の会期が延長されても、あるいは国会を解散して総選挙をやっても、核武装をしようと思っても、銀行に公的資金を投入するのにも、年金記録を照合するのにも、すべてお金がかかる。だからといってこうしたケースでは「財源はどうする!」と詰め寄られるということはまずない。

 消費税によってベーシック・インカムを賄うべきだという人たちもいる。より正確に言えば、所得税法人税を廃止し、消費税に一本化する税制改革とベーシック・インカムを結びつけようというのである。その理由はまず第一に、投資→生産→消費という経済活動のなかで、所得税法人税は途中の段階でかかる税で経済活動を歪めやすいが、消費税への一本化は、経済活動の最終段階でのみ税がかかるので、経済活動を歪めにくいという。
この第一の理由を経済学的な理由といえるとすれば、第二の理由はより哲学的なものである。社会的な価値を生み出すことに課税すべきではなく、生み出された社会的価値を消費することに課税すべきだという。
憲法25条、『すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。・・・』 というが、具体的に国はどうやって、健康で文化的な最低限度の生活を保障するのか?国民総てにベーシック・インカムとして定額を支給するというのは、実にわかりやすい。素晴らしいアイデアですけど、これは実現しませんね。なぜなら、こんな制度になると、社会保険庁の職員は全員失業するし、それ以外でも、仕事がなくなるお役人が増える。要するに、既得権を失う人が大勢いるから、彼らが大反対する。
追伸:『ベーシック・インカム入門』は、著者(同志社大学経済学部教員)にとって最初の著作であるとのこと。ちなみに1970年生まれである。こうした若い人が、社会政策についてこうした提案をしているのは、日本の将来に頼もしい限り、と思いました。