通貨危機と資本逃避

 『通貨危機と資本逃避』(高木信二著、東洋経済新報社、03年2月刊)という本を読みました。副題に「アジヤ通貨危機の再検討」とあるように、97年後半からタイを起点に始った通貨危機を理論的に分析した書です。
急激な資本流入と資本逃避を説明するモデルとして、第1世代モデル、第2世代モデル及び第3世代モデルを、序説で提示している。
第1世代モデルでは、
中央銀行国債保有残高と、為替の潜在的減価率(潜在的為替均衡レートと固定レートとの乖離幅)を対数グラフにプロットすると、直線関係になり、その直線のX軸との交点より、国際保有が小さければ為替投機は起こらない。逆に大きければ、投機攻撃で為替レートは切り下げに追いやられる。
第2世代モデルでは、
経済主体の期待が自己実現するモデルである。経済主体の期待次第で、複数の均衡点が存在する。即ち、複数均衡によって特徴づけられるモデルである。
第3世代モデルでは
国内金融的側面を組み込んだ通貨危機のモデルである。

しかし、通貨危機とは、不可避的なものなのか、それとも自己実現的なものなのか、という大局的な視点に立てば、すべての通貨危機モデルは、「第1世代モデル」「第2世代モデル」のいずれかに属する。

私見:第1世代モデルと第2世代モデルといずれになるかを決める要因は何であろうか?出回る通貨量が、経済取引に必要な量を乖離して増加すると、第2世代モデルになる?

以下、各章のアウトラインを見る。
第1章は、経済発展と資本逃避、
資本の水準の高い先進国ほど成長率(資本の限界生産)が低い。
一方、一人当たり所得(資本)が低い発展途上国ほど成長率(資本の限界生産)が高いはず。ところが、経済発展の初期段階ではそうでない。
発展途上国が低所得・低成長段階から中所得・高成長段階へ移り、その後、高所得・低成長段階へ収斂する・・・という特徴を持った生産関数が予測される。そこで、
資本に関して2階微分可能な生産関数の存在を仮定する。生産関数は、経済発展の初期では収穫逓増、後期では収穫逓減という特徴を持っている。{すなわちf(0)=0、f‘(0)=1、f’(k)=1(k>0)、f‘’(k)>0(k<k)、f‘’(k)<0(k>k)
この生産関数から複数のナッシュ均衡の存在を説く。
第2章は、アジヤ通貨危機の発生要因
「経済のファンダメンタルズ」によって引き起こされたか?(第1世代モデル)「自己実現的な金融パニック」によって引き起こされたか?(第2世代モデル)
タイの場合、前者で、韓国・インドネシャは後者と、著者は分析する。
その判断基準は、対外債務残高が将来の純輸出を上回ると予想される場合を、ファンダメンタルズの悪化と捉え、それが、タイの場合には生じていた。一方、韓国・インドネシャでは生じていなかったこと。
第3章は、金融為替政策と資本流入
1980年代から97年に至るまで、東アジヤ4ヵ国において、極めて多額の資本が流入した要因を計量的に明らかにする。通貨危機以前の東アジヤ諸国への資本流入の理由として、一般的には、先進国における低金利と景気の低迷、東アジヤ諸国における良好な経済パフォーマンス、事実上のドルペッグ制で為替リスクが優位に低下したこと、資本流入に伴う外貨準備増加を相殺するため不胎化政策による国内金利の上昇などが挙げられる。
1987年から97年までの4半期データを用いて対外資産が通貨供給量をどれほど説明するかを計量的に分析して、不胎化政策が有効であったことを示す。
次に、1994年から97年までの月次データを用いて、東アジヤ通貨と米ドルの名目金利格差をリスクプレミアムと期待減価率に分解を試みる。
不胎化が有効であったと同時に、リスクプレミアムの増加を通して内外金利差を拡大させ、そのために資本流入が増大した可能性を示唆する。
第4章は、資本自由化の形態と為替リスク負担
資本流入における為替リスクを数値解析的に分析して、以下の主張をしている。
?これまで、東アジヤ諸国が為替リスクのカバーをせずに、米ドル建ての短期債務を蓄積してきたことが通貨危機の悪影響を増大させたという発言がしばしばなされてきた。しかしながら、先物市場ヘッジとは外貨建て負債と国内通貨建て負債を交換することにほかならず、国内経済主体が先物ヘッジによって為替リスクを回避できたとしても、国際金融市場からリスクが消滅したことにはならない。
?通貨当局が投資家の為替リスクの評価が過小であると判断する場合、外貨建て借り入れの制限や対外債務ヘッジの義務付けが正当化される。
愛5章は、通貨代替と通貨危機
「通貨代替の高まり(家計の実質貨幣残高に占める外国通貨ノシェアの高まりと定義)と「名目為替レートの減価」が同時性を持っている。第1世代モデルに通貨代替を導入した枠組みを構築して、以下の点をあきらかにする。
物価調整速度のいかんにかかわらず、為替レートの減価は通貨代替を促す。
為替レート減価の予想が経済主体の通貨代替を促し為替投機の引き金となる。
私見:日本にあっては、経済主体が、法人の場合はこれが言えても、家計の場合では異なるのでは?
第6章は、通貨危機の社会的インパク
アジヤ通貨危機が貧困や実質所得などで測られる家計の厚生水準に対してどのような社会的インパクトを与えたかを概観する。
資本逃避が与える負の影響を、韓国に例をとって分析する。
必需財支出という観点から見れば、通貨危機は必需財への支出を低めた。また、通貨危機に伴う金融危機は家計レベルで「信用逼迫」となって現れている。