為替レートの謎を解く

「為替レートの謎を解く」(クルーグマン著、伊藤隆敏訳、東洋経済新報90年1月刊)を読みました。
著者の講演録で、刊行時点を見て分かるように、データは1990年以前(1970〜)のものですが、興味深い指摘をしています。以下、その一端の紹介です。
1980年代のフロート制の特徴は、為替レートの大きな振動が実体経済にはほとんど大きな影響を与えなかったということである。(*)

アメリカはたしかに製造業で巨大な貿易赤字を出すようになった。しかし、その赤字というのも、製造業付加価値の15%にすぎない。そして1980年代のアメリカの製造業生産額全体は、1970年代とほとんど同様の速さで伸びているのである。
更に驚くべきことは、インフレに対して大きな影響がなかったことである。購買力平価説によれば、為替レートの大きな変化は減価国にインフレ圧力をかけ、増加国にデフレ圧力をかけるが・・・・しかし、事実は、ドルの動きはインフレ格差に反映されたものでも、インフレ格差を相殺するものでもなかった!
主要国の国内経済パフォーマンスをみると、為替レートの変化からはほんの少しの影響しか受けていないことが分かる。
実際のところ、最近のような大規模な為替レートの変動は、その影響がこのような小さなものだったから可能なのである。為替レートと実体経済の間に連関性がなくなったことによってはじめて、為替レートが今までのように大きく変動することが可能になった。つまり、為替レートはほとんど影響がなくなったからこそ、それほど大きく動くことができるようになったのである。
しかし、何故為替レートはほとんど影響がなくなったのであろうか。一つの近似的な理由はいまや明らかになった。為替レートは貿易量や一般物価に思ったほど影響しないということは、大部分次のような事実によっている。他国に財を売る企業は、輸入国にとっての価格を、思ったほど変えないということである。
何故そうなるか?筆者は「埋没費用モデル」を提起する。
(輸出業者は)マーケッテイングと配送のネットワークを発展させ、外国人が喜んで購入するであろうものに合わせた製造能力をつくらなくてはならない。(こうした)外国市場に参入するコストは、それがいったん発生してしまえば、埋没費用とみなされるのではないか。企業はその有形無形の資産を簡単に売ることはできない。
いったんコストが埋没されると、可変費用変動費)だけでもカバーすることができるならば、市場に売る用意がある。つまり、為替レートの変動がその(変動費をカバーできる)範囲ならば、すでに輸出をしている企業は継続して(値上げを少なくして)輸出する。
このことが、為替レートの変動ほどに市場価格が変動しない原因になっている。
言われてみれば当然の指摘ですが、面白い。


(*)他の工業国の平均に比べて、アメリカの単位労働コストは、1980年からピークである85年前半までの間に60%余りも上昇した。そして、3年足らずの間に、コスト水準は完全に元に戻ってしまった。・・具体的にアメリカと西ドイツを比較しよう。1980年には西ドイツの製造業の賃金はドルに換算して、アメリカの賃金よりも約25%高かったが、ドル高のピークでは逆に25%低くなったのである。1988年はじめまでに、西ドイツのコストはまた約20%高くなった。・・