為替が分かれば世界が分かる

『為替が分かれば世界が分かる』(文芸春秋社)を読む。著者は榊原英資、元大蔵省審議官です。2002年12月の発行だが、本のあとがきにこうあった。
「小泉総理、竹中大臣等が「改革」へのある種の情念を抱いていることはたしかなようだが、その発想、政策形成のスタイルが余りにも単線的で、異なった分析、別の角度からの意見に全く聞く耳を持たないのは大変気になるし、又、今のような経済情勢の中できわめて危険だと言わざるをえない。」
ノモンハン事件辻政信に、不良債権問題の竹中平蔵を重ねあわせるのは酷かもしれないが、現場を無視する、あるいは、知らない参謀という意味では、似たところがない訳ではない。」
小泉政権の最大の問題は、彼が評論家風にわかりやすく問題を単純化できる人々を多く集め、現場を知り、かつ複眼で物事を重層的に見ることのできるアドバイザーをほとんど持っていないことにある。」
何故、筆者は、あとがきでそう述べたか?「経済理論においてはことにそうだ」が、
『現実を理論が説明しきれなかったら、理論のほうが間違っている。
現実を知るためには、良きリスナーでなければならない。』
当然と言えば当然のことですが、著者はヘッジファンドのトップや、為替市場のマフィヤとの交流を振り返って、このことを記述した本です。

著者は、ソロスの市場観を語ることで、自分の為替市場観を述べています。
ソロスは「市場を判断する上で、誤謬性と相互作用性を欠くことは出来ない。」と言う。
誤謬性とは、人間の知識は不完全で間違いやすいこと。このため「一定の条件下で同じ現象を繰り返す」という再現性の原理を前提にした自然科学のようには、次の展開を予測できず、予測しても間違ってしまう。
相互作用性とは、人間と人間とは相互に影響しあって動くという考え方。古典派・新古典派経済学は、個人・企業をお互いに独立して影響しあうこともない、あたかも自然現象のように合理的な行動をするものと想定して理論を組み立てるので、どうしても非現実的になる。

ソロスもまた誤謬性と相互作用性という二つの概念を軸に、情報の重要性と人間の知識、市場の不完全性を強調し、新古典派枠組みを激しく非難。ワシントン・コンセンサス的考え方を市場万能主義と予備、この市場万能主義を共産主義と同じく、誤った極論と非難する。

ジョージ・ソロスと極めてよく似た考えを持ったのが、ロバート・ルービン「ものごとはすべて確率論として見るべきで、絶対に正しいということはあり得ない」と言う。
「ルービンはよく他人の話を聞く。グッド・リスナーだ」というのが、サマーズを初め、彼の部下たちの共通した人物評価でした。

もう一人、ジョセフ・E・ステイグリッツがいる。
2001年のノーベル経済学賞は、「情報のあり方が市場に与える影響を解明しようとする新しい情報経済学に道を開いた」という受賞理由で、ジョセフ・E・ステイグリッツ等3名に与えられました。
ステイグリッツは、以前クリントン政権の大統領経済諮問委員会の委員長、さらには世界銀行副総裁を務めた。1997年秋、東京で会食した折「お互いに連絡を密にしながら、ワシントン・コンセンサス(アメリ財務省IMF世界銀行などの市場原理主義政策体系)の過ちを正していこう」と、筆者に語ったと言う。(彼が若いころから研究対象としたのは、情報の非対称性でした。市場の不完全性は、情報を持てる者と持たざる者の情報格差によるところが大きいのではないか、という問題意識です。)

人間の知は不完全で誤謬をおかすものであるというソロスの認識は、サマーズの「為替市場は誰にも予測できない」という考え方と呼応する。
以上の人々の考え方を一言で表現すると
現実を理論が説明しきれなかったら、理論のほうが間違っている。
現実を知るためには、良きリスナーでなければならない。

ソロスの新著『グローバル資本主義の危機』には、グローバル資本主義と呼ぶシステムは本質的に不安定なもので、何らかの公的制御装置を作らないと、世界経済の破綻はさけられないと論じている。(書物についてもう少し述べておくと、私の場合、毎月、書店に山と並ぶ新刊書の中から、どういう方法で読みたい本を選んでいるか。まず「この人の書くものは信頼できる」という著者を各ジャンルに見つけておき、その人からたどって読む本の幅を広げる。)
追伸:
1.(筆者が)大蔵省国際金融局長に就任したばかりの頃、「プリマドンナ」(その時期の主流となっている論客)は野村総研リチャード・クー主任研究員でした。

2.ソロスの弟子だったフラガは、ブラジル中央銀行の総裁に就任しています。98年秋、IMFがブラジル危機に際し支援を決定した直後でした。ヘッジファンドというと、ハゲタカのように非常に悪いイメージを持ちがちですが、ヘッジファンドのような投機家がいるからこそ市場が成立するという一面もある。
金融市場を熟知しているプロという高い評価があるからこそ、フラガがブラジル中央銀行総裁に招聘されたのだ。