日本経済を襲う二つの波

『日本経済を襲う二つの波』(リチャード・クー著、徳間書店08年6月刊行)を読みました。
先日、為替レートに関する著者の基本的な考え方を知りたくて、初期の著作「投機の円安 実需の円高」(96年1月刊行)を読んだのですが、興味深い記述でした。13年前の著者の考えは、近年の世界大不況を経て、変わったのだろうか、あるいは同じだろうか?
最新作を読んでみようと、この本を図書館で借りてきました。
 最初に、興味深い記述として米国経済の舵取りを、「グリーンスパンの失政」と論じていました。
グリーンスパンは何処で間違えたか?
サブプライム問題とは、結局は誰の責任だったのだろうか。
グリーンスパン議長のマスタープランの前半部分(ITバブルの崩壊を住宅バブルで乗り切り、GDPを落とすことなく好況を維持して、バランスシートの修復を終えた企業部門にバトンタッチするというシナリオ)は非常にうまく機能した。しかしグリーンスパンは、バランスが傷ついた企業が資金を借りなくなるということを想定できなかった。・・・彼の問題は自分の想定が狂っていると気付いた時点でも何の行動もとらなかったことである。』
『04年時点で議会証言において何回も「このような景気局面なのになぜ企業はオカネを借りに来ないのか」と自問自答しているが、その時点で彼の当初の計画はすでに狂っていたのだから、グリーンスパンはこの時はっきりと「これは危険なバブルになりかねない」と警戒するべきだったのである。もし、グリーンスパンが、「これはバブルだから注意しなければいけない」と強く主張していれば、当時は“マエストロ”と言われて神様あつかいだったのだから、みんなが心して事態に対処したはずである。そうすれば、おそらく今の傷の半分程度で済んであたかもしれない。』
(つまり、企業が資金を借りなくなると、余った資金が投機資金に回り、バブルになるというのである。)
『ワシントンではグリーンスパンの評価は地に堕ちたと言われている。・・・バブルが実際に発生している最中、それに徹底的に警告を発することを怠ったグリーンスパンの責任は極めて大きい』

次に興味深いのは、平成バブルの崩壊した後の日本経済の運営についての評価です。
『日本もバブルが崩壊してバランスシート不況に陥ると、政府は財政政策で景気を下支えしてきた。日本では商業用不動産がピークから全国平均で87%も下がり、企業はGDP比で6%にもなる年間30兆円の借金返済に回ったにもかかわらず、これらの要因から発生したデフレ圧力を政府が財政出動で中和したため、日本のGDPは・・・名目値でも実質値でもずっとバブルのピークを上回った。この間、バブルの崩壊で国民の富が株と土地だけで1500兆円も失われたことを考えると、今回の日本の財政政策は人類史上最も成功した経済政策の一つであろう。』
日本の財政出動に一つ大きな落ち度があったとしたら、
『公共事業を拡大すると、景気が良くなった。そして景気が良くなると、財政赤字を心配してすぐ政府支出をカットしたが、そうなると再び景気が悪化した。慌てて次の公共事業で景気を良くしたが、それが確認できるとまた財政赤字を心配して支出カット。またそこから景気が悪化して・・・という政策を10数年も繰り返してきた。』

 最後にヨーロッパについての指摘が面白い。マーストリヒト条約が、不況打開のネックになったというのです。
マーストリヒト条約はドイツの財政赤字GDP比で3%を越えることを禁止した。
その結果、ドイツは自己の問題解決の失い、結局、その尻拭いを同じマーストリヒト条約の産物であるECB(ヨーロッパ中央銀行)が金融緩和でやるしかなかった』
(著者の主張は、今回のようなバランスシート不況には、金融政策は効かないので、財政出動をするしか方法がない。その財政出動に、マーストリヒト条約が制約を課しているのは誤りというのです。)