良い財政赤字 悪い財政赤字 少し古い本ですが、『良い財政赤字 悪い財政赤字』(リチャード・クー著、01年1月刊、PHP)を読みました。財政赤字がますます問題になっている昨今、参考になりました。

 著者クーさんの「バランスシート不況論」は有名ですが、ご存知ない方のため簡単に説明すると、「バブルの破綻によって、個人も企業も資産価値が激減すると、それぞれのバランスシートが毀損して、個人も企業もバランス上、負債の縮小に勤めるようになる。負債を減らすとは借金を返済し新たな借金を作らないことだから、民間の資金需要は激減し、いくら金利を下げても資金の借り手がいない(経済学者はこれを“流動性の罠”という)。だから、民間の投資がなくなったら政府が投資しないと、経済は縮小し大不況になる。この不況を避けるためには、財政の出動しかないのだ」。という理屈です。

この場合の財政出動が『良い財政赤字・・』の書名の意味ですが、それは別として著者によると、このバランスシート不況は90年代に初めて出現したわけではなく、80年前の世界大不況にもあった。

1930年代の各国の経済成長率を見ると、ナチスドイツが他の国を引き離して断然トップなのである。1933年、ヒトラーが政権をとった時、ドイツの失業率は30%にも達し、人々の生活はどん底と言えるほど悲惨な状況になっていた。ところがヒトラーは、1936年までのわずか3年間で失業率をゼロにしてしまったのである。彼はドイツがバランスシート不況に落ち入っていることをいち早く見抜き、大規模な財政出動を行なって経済を立て直した。その間、財政も破綻をきたさなかった。景気がよくなった結果、税収が急増したからである。

英国のジョアン・ロビンソンという有名な経済学者は、ある経済学賞を受賞した時のスピーチで、こう述べている。

ケインズ革命は経済学の大勝利だと言われているが、実は一大悲劇であった。なぜ悲劇かというと、ケインズがなぜ失業が起きるのか説明する前に、ヒトラーがその解決方法を見つけてしまったからだ」

バランスシート不況論は)ケインズの分析のなかで一番抜け落ちていた部分なのである。従って、ケインズの分析のなかにバランスシート問題を入れれば、元気だった経済が資産価格下落を機に突然失速してしまう理由もすべて説明できるし、また、その結果、流動性の罠が発生するメカニズムも解明できる。

この本は01年の刊行であるため、直前のアジヤ通貨危機を詳しく解説している。90年代前半、日本は猛烈な円高に見舞われ、95年には、一時80円を割る高値もあった。この円高に対応するため、日本企業はアジヤに進出した。だから、タイ、インドネシヤ、シンガポールなど、円高の恩恵をフルに受け、雇用も所得も輸出も増えた。90年、著者はシンガポールがVTR生産世界第2位になったと知らされ驚くというエピソードが紹介されている。ところが90年代後半、円安ドル高に動いた。アジヤの通貨は当時ほとんどドルにペッグしていたため、アジヤ諸国の国際収支の悪化が起こった。

この時、実はもう一つのことが起きていた。全世界の投資家にアジヤフィーバーである。アジヤの経済発展を見て、「アジヤにさえ投資していれば絶対儲かる」と世界中のお金がアジヤに集まっていた。経済のグローバル化の前は、資本を蓄積しないと経済は発展しなかったが、ゴローバル化以後は、資本はいくらでも海外から流入するので、資本の制約を受けずに発展途上国は経済を発展することが出来たのだ。巨額の金が海外から流れ込んだ結果、アジヤ経済はバブルを起こしていた。

ところが、海外の資金が、アジヤ各国の海外収支の悪化を見て「これはヤバイ」と一挙に逃げ出した。アジヤ通貨危機の原因がこれである。

アジヤ危機の背景には経済のグローバル化円高による日本の進出、儲かりそうなところに直ぐ金を動かす世界中の投機家の存在、言い換えると投機資金の存在があった。

 さて、良い財政赤字といっても、財政赤字は将来への負担を残すという批判がある。

本当に財政赤字で世代間の所得移転が起こるのだろうか。

国債を買った人が国民である場合、その国債が次世代になって税金を使って償還されたとすると、確かにその税金は次世代の国民が負担するけれども、償還を受けるのも次世代の国民である。だから、世代間に所得移転が起こるわけではないとクーさんは言う。では無制限に国債を発行してよいかというと、国債の利子が上がるようになれば発行を抑えなければいけない。逆にいうと、長期利子(国債の利子)が低い間は発行ができる(逆に長期利子が上がっているのに赤字国債を発行すると“悪い財政赤字”)と彼は言う。

 ここで、私の疑問ですが、世代を一まとめにすればそうだけど、国債の償還を受けるのはお金持ちで、税金を払うのはお金持ちだけでなく貧乏人も払うから、次世代の貧乏人はたいへん(現世代の貧乏人もたいへんだが)である。

もう一つ、誰かが貯金(あるいは借金の返済)をする限りその分を誰かが投資しないと経済が縮小することは理解できます。しかし、貯金した分を引き受けて投資する資金需要があれば必ず経済は成長するのか?資金の循環だけで経済成長を保証できるとはいえないと思うのです(例えば、人口が減ったらどうか?)。

しかし、クーさんの議論がバブル後の現象を明快に説明できるのは事実です。その点、面白い議論です。

話が長くなるので割愛しますが、台湾出身のクーさん、中・台関係の解説はまことに明快で、尖閣沖や北朝鮮で、きな臭い事件が起きている現在、今後の日本の外交と軍事を考える上で参考になりました。