「資本主義はどこへ向かうのか」

「資本主義はどこへ向かうのか」(西部忠著、11年2月刊、NHKブックス)を読みました。私が最も関心を持ったのは、筆者の「資本主義と貨幣」についての論考。市場をインターネットに比しているところが面白い。
 【(ハイエクの市場観について)人間の脳がニューロン・ネットワークであるのと同様、市場も貨幣を媒介とする人間のネットワークである。市場でニューロンに該当するのは個人であるから、個人が単独では認知できないものを、市場を通じたネットワークによって社会全体で認知している。
 他方、一般的均衡理論や新古典派経済学は、市場を人為的設計の産物であるコンピュータにたとえる。ハイエクは、市場社会主議論が主張したように市場秩序をコンピュータで置換することはできないと考えていた。コンピュータは人間の脳に遠く及ばない。現在の最新のコンピュータも人間の脳と同じ働きを完全には実現できていないからである。】
一般均衡理論の仮定する全商品価格の同時決定というような市場モデルは、現実からかけ離れた、実行不可能なモデルに過ぎないのである。現実は異なる。
一般均衡理論は、しばしば商品取引所や証券取引所の仕組みを単純化してモデル化したものだと考えられている。すなわち、
・・証券取引所では、開始時と終了時を除く取引時間中、「ザラバ」と呼ばれる売買ルールを採用している。売り手が希望する最低価格と買い手が希望する最高価格が一致すれば、その価格で一致した発注量の取引を継続的に実行していく方法である。これと異なる「板寄せ」という方法では、ある時点で売りと買いの発注数量を集計して両者が一致する価格で取引が行われる。(一般均衡理論が想定する市場ルールにいくらか近いが)それは取引の開始時と終了時に限定されているし、価格付けは個々の銘柄ごとに行われる。】
 その意味では、市場はコンピュータのネットワークにたとえられる。
 【インターネットでは、情報を大量高速に通信するために、データをプロトコルに基づき小単位のバケットに分割し、それをバケツ・リレー方式で様々な経路から目的地へ転送する。市場において、この小包の役割を市場で果たすものこそ貨幣である。交換の便宜的な手段ではなく、商品売買の「場」である市場の形成者なのだ。
 貨幣のおかげで、市場はインターネットと同様の自律分散型のネットワークになりうるのだ。】
 貨幣が流通手段として実現していく多数の商品の売買の連鎖ないしネットワークが市場である。(貨幣の)一番重要なプラスの機能とは何かについて、これまで経済学は何も述べてこなかった。

 つまり貨幣の機能は、市場の中で、経済環境の複雑性を縮減して、人間が自律的な判断を行うことができるようにするための装置にほかならない(インターネットにおけるプロトコルの働きをする)。

 次に、貨幣はそうした機能の他に、貨幣が資本に転ずることで、独自の働きをするようになる。
 市場経済とは貨幣経済です。そして、貨幣とは何か。一般に、貨幣とは、物々交換の困難を解消し、商品交換を円滑にしたりするための「潤滑油」や「交換用具」であると考えられている。貨幣は交換を効率的にする手段にすぎないというわけだ。しかし、その貨幣は資本に転ずる。
 資本とは何か。貨幣が集積されると、自己増殖の運動を起こす。この自己増殖を始めた貨幣が資本である。そして、資本の増殖運動は、必ずしも人間社会に幸せをもたらさない。というのが、筆者の問題提起である。
【わたしたちが身を置く貨幣経済とは貨幣が無際限に自己増殖を求めるような資本主義貨幣経済である。そこでは、人間を自律的で自由な主体とすべき貨幣が、実際には、人間ではなく資本を自律的で自由な主体にしているという矛盾が生じている。・・グローバル市場経済グローバル資本主義経済としている貨幣制度にこそ現代の危機的状況の根源がある。】
 第4章で著者は、「資本主義」を経済史的に分析する。すなわち、資本の自己増殖は市場の拡大を求める。
 【90年代以降のグローバリゼーシヨンの深部で進行してきたのは、市場の空間的拡張と非市場領域での浸潤(いっそう大きくみれば市場の内部化)である。それは70年代から徐々に進行してきたものが、特に90年代明確な形に表れてきた。この傾向は資本主義市場経済が確立してから現在に至るまで、その間に商品化が停滞する時期(19世紀末以降の帝国主義段階)や、市場を「計画」に置き換えることにより商品化が後退した時期(第1次世界大戦以降の社会主義計画経済の群生)があったとはいえ持続的に存在してきた。
 市場の内部化も、「重力」のような普遍法則的な力もしくは傾向として存在し、それは、「重力の」物体落下に相当する商品化の「外延的拡大」と「内包的進化」という目に見える現象を引き起こす。市場は単なる受動的な価格メカニズムや価格計算機械ではなく、生命体のように能動的な自己組織化原理を備えており、資本は、資本主義市場経済の分化・成長・進化を引き起こす動因であると捉えることで、資本主義のダイナズムを捉えることができる。
 グローバル化した資本主義は、土地・資金・資本の「一般商品化」を完了し、いまや部分的にせよ、労働力について「一般商品化」をすすめつつあるだけでなく、知識経済化の中で市場は人間のより内部に浸潤しながら、情報財の商品化を推進している段階といえる。】
 さらに、第5章で「コミュニケーシヨン・メデイアとしての貨幣」を論ずる。自己増殖する資本(貨幣)が人間を幸せにするわけではない。人間を幸せにする貨幣を探求して、著者は情熱的に、地域通貨について述べる。
追伸:面白いけど難しい本です、その面白さをなんとか分かりやすく説明したいと思いましたが、巧く説明仕切れていないと反省!