『半島を出よ』

 芥川賞(76年)作家の村上龍が2005年に発表し、当時、毎日出版文化賞、野間文藝賞を受賞して、評判になった作品です。
 偶々機会を逸して読んでいなかったのですが、今回の原発事故への政府の対応を見ていて、非常時での政府の対応について村上さんの見解を知りたくなって、図書館で借りてきました。
 ストーリーの概略は以下です。
 2011年、北朝鮮武装コマンドが、開幕ゲーム中の福岡ドームを占拠した。さらに2時間後、約500名の特殊部隊が空襲し、市中心部を制圧。彼らは北朝鮮の「反乱軍」を名乗った。コマンドの隊長が受けた命令はこうだ。
 『(北朝鮮)共和国および党は君と君の部隊を反乱軍であると全世界に向けて表明する。9名の特殊戦闘部隊が福岡の一部地域を制圧してから2時間後に、特殊第八軍団の4個中隊500余名が、空路福岡に到着する。君はその特殊編成軍の指揮も執ることになる。もちろん、この四個中隊も反乱軍だ。・・その9日後には特殊第八軍団の12万人が博多に入港する。
 2時間という短い時間では日本政府の危機管理は機能しない。武力制圧と同時に、人質の生命が保証されていないことを、ていねいに繰り返し繰り返し、日本政府に向かって明言する』・・さぁ日本政府はどうする?
 日米安保の米軍の支援は?
 小説の設定では、その時日本はドルの暴落に続いて円が急落、日本国債は暴落し、預貯金の引きだしは制限された。つまり、日本経済は破綻に瀕していた。
 米国が日本を守るのは、日本が経済力を誇り、米国にとって「金を生む卵」であるからだ。経済破綻した日本など、米国兵士の命をかけて守るに値しない。言を左右して非介入を続ける。
米国は『できることは何でも協力したい。だがテロリストたちは反乱軍ということであり、その点を十分に考慮し、北朝鮮本国に対しては冷静な対応を希望する』。そして、北朝鮮はなんと、『必要があれば部隊を派遣して当方で反乱軍を鎮圧する』と声明するのだ。

 進入軍は、福岡県知事と福岡市長を恫喝して「九州は独立する」との声明文を発表する。
 大濠公園箱崎埠頭、百道ランプと福岡におなじみの地名が登場します。
というわけで、原発事故一つ満足に処理できない日本政府が、まさに想定外の事態にどう対応するか?請うご期待!という段階で上巻は終り。

下巻です。
福岡を占領した北朝鮮の部隊(小説では高麗遠征軍となっています)、政府のやるべきことは、この軍隊を攻撃・殲滅することでしたが、「高麗軍を攻撃すると、テロで日本全国のLNG(液化天然ガス)基地を破壊する」との風評に驚き、テロが入らないよう、九州と本州の間を封鎖してしまったのです。つまり政府は、高麗軍を攻撃せずに、九州を見捨ててしまった!
日本政府から要請がなければ高麗軍を攻撃することはない、というのが日米安保を踏まえた米国の立場。中国も韓国も、福岡に領事館の開設に動きます。領事館が開設されれば、開設した国々は九州の独立を認めることになる。
政府は、高麗軍と交渉を開始することもしない。問題を先送りしているだけ。

このとき福岡のイシハラ・グループを名乗る世の中をはみ出した不良たちのグループが立ちあがり、高麗軍が占拠するホテルを爆破して日本の危機を救うというのが、ストーリーです。
このイシハラ・グループのメンバーがすさまじく、さながら現代の梁山泊といった面々。
即ち、タテノは16歳。殺人用のブーラメンを繰る。シノハラは18歳。カエルやクモや毒ムカデを大量に飼育している。ヒノは、18歳。7歳の時、ノイローゼになった母親が父親を刺殺。13歳の時、福祉施設へ放火、4名が焼死。配管に詳しい。アンドウは18歳。13歳の時、同級生の女生徒を殺害して切り刻む。フクダは、23歳。手製爆弾のスペッシャリスト。タケグチは18歳。高性能爆弾のエキスパート。父親はリストラされた会社で自爆。トヨハラは17歳。12歳で新幹線をハイジャックして日本刀で車掌を殺害。
といった面々です。

作者はどういう意図でこの小説を書いたのか?私が一番関心を持った点ですが、小説家は作品で以って語る存在ですから、意図をダイレクトに語ることはありません。
でも、東北大震災と原発事故を経験した現在、05年の作品ですが、筆者が語りたかったのは「政府は国民を守る存在なのか?」という基本的な疑問ではなかったのかと思います。
特に原発事故以後の対応をみると、国民の生命・財産を守ることが政府の最優先すべき任務と、自覚しているのだろうか?と思ってしまいます。
増税の議論を聞く度,国民を守れない政府に、国民は税金を払う義務があるのか?そう思います。