日本経済復活まで

『日本経済復活まで』(竹森俊平著、中央公論新社、11年5月刊)を読む。
書評欄で、「(震災)復活後の日本は輸出産業が中心になると説く」とありました。私は、「輸出産業中心の日本経済では未来は開かれない」と思っていますので、著者の論拠に興味を持ち、取り寄せてみたのです。
 筆者は、56年生まれ、慶応義塾大学経済学部教授です。内容は2部に分かれ、第1部「震災発生」で、3月11日からの1ヶ月、日記のスタイルで、「東日本大震災」を語り、第2部「この国の未来」で、震災が日本経済に与えた影響を述べます。
 第1部:震災当日、著者はベルリンにいる。
「これはたいへんな事態だ」TVニュースで解説の科学者は興奮した声で話していた。
ドイツでは日本で報道された以上に”深刻な状況”と報道していた。ホテルの支配人は、「あなたは明日、日本に帰る予定ということだが、状態が安定するまで1ヶ月くらいここにいたらどうか」と言った。
 (私は、名古屋で新設のプラネタリウムの調整に来ていたドイツ人技術者が急遽、国に呼び戻されたことを思い出しました。)
著者の乗ったルフトハンザ便は北回り(シベリヤ経由)を変更し南回り、つまり香港経由になる。理由は、香港で乗務員が交替して羽田に向かえば、乗務員はその日に香港に帰れる。つまり、乗務員を日本に泊めなくても良いということだったらしい。
ドイツだけでない。フクシマ原発から退避圏内を20kmと定めた日本政府の方針に対して、問題の調査に訪れた米国原子力規制委員会委員長の定めた米国人の退避圏内が80kmという事実は内外問題意識の差をもっとも明確に示す。ニューヨークタイムスは、「なぜこの食い違いを日本のマスコミは追求しないか」との記事で訝っている。
3月29日の項にこうありました。
『「津波」という天災に加えて「原発事故」という人災が発生した。・・・今回の大震災の「人災」には2007年に世界的金融危機が発生したのに似通った事情があると気付いた。』
少し長くなりますが・・
 『内閣府に置かれてはいるが、省庁から独立した機関として「原子力安全委員会」がある。原子力の安全を監視し、安全規制についての基本的ルールを提案する。その提案に従って電力事業者を実際に規制するのが、経済産業省に設けられた「原子力安全・保安院」である。』
原発の耐震性について、毎日新聞3月23日付(インターネット版)の一つの記事がある。国会審問で、社民党福島瑞穂党首が、原発の安全を監視し規制等のルールを設ける「原子力安全委員会」の委員長の過去の発言を問いただしたというのだ。その委員長は、<07年2月の中部電力浜岡原発運転指し止め訴訟で、複数の非常用発電機が起動しない可能性を問われ「そのような事態は想定しない。想定したら原発はつくれない」と発言した>原子力安全委員会が決めた想定範囲は、「原発をつくることを可能にするため設けられた」?

 原発事故と金融危機とは良く似ている、と筆者は言う。
 【ある数字までを被害の「想定範囲」として、それを満たしたものを「安全」として宣言する、といった手法が採用されているのは原発ばかりではない。金融商品についてもこのような方法が日常的に使用されている。
 たとえば、社債国債の格付けをするとき、格付け期間は一定の「想定範囲」のショックに対して安全である社債国債に対して「AAA」などの格付け、お墨付けを付与する。
 住宅ローン全体ののうち不履行が20%以下の場合は、損失をかぶらなくても良い(その損失を引き受けるファンドが別にある)というファンドに「AAA」という格付けを与える。住宅ローンの不履行率、20%という「想定範囲」を設けたわけだ。
 アメリカの証券市場は、住宅ローン不履行2割という「臨界点」を越えた途端に大事故が発生した。】
格付けの「想定範囲」は、売れるように証券を設計するための「想定範囲」だった?
第2部は、「この国の未来」と題する。
一言で要約すると、『原発事故で日本は原子力に頼ることが困難になる。電力は火力発電に頼らざるを得ない。燃料として化石燃料の輸入が増えるので、その支払いのため、外貨を稼ぐ必要が高まる。かつての時代と同様、輸出産業の重要度が高まることになる。』
でも、その趣旨で述べるのなら、『円高の下、中国や韓国、インドなどの追い上げが厳しくなってくるのに、今後とも日本が輸出で食っていけるためにどうすべきか』を具体的に述べてほしかったと感じた。
しかし、筆者が指摘している次のことは重要だ。
『要するに、現在の東電はプレーヤとして二つの役割を持っている。第一はフクシマ原発事故の加害者、あるいはこの事故の解決責任者。また第二は、エネルギー産業の担い手として日本経済が陥っている供給のボトルネックを解消するために、政府による金融支援が第一番目に向けられる、かつての(傾斜生産方式での)石炭産業のような意味でのスター・プレーヤという役割である。』
私は、この二つの役割を同じ東電が果たすのは困難であり、だから前者の東電は会社更生法で整理すべきだと思うが、筆者はそう考えない。
その理由は、『東電債の不履行が生じた場合、それは日本の債権市場そのものの崩壊を招く。その根拠は次の二つ。東電債のような一番安全と見られていた社債でも立ち行かないとなれば、後の社債は怖くて近寄れない。すなわち社債価格は暴落し、社債市場による資金調達は不可能になる。第二に、東電債を多く抱えた企業や金融機関は、経営の悪化を疑われ、資金の調達ができなくなる。』要するに、大きすぎて潰せないという。どうするか。
やみくもに東電の救済だけを考えた『原子力損害賠償支援機構法』は、電力事業の再生という観点から、再考すべきと思う。
第2部よりも第1部の方が、面白い情報が多かった!