円安バブル崩壊

『円安バブル崩壊』(野口悠紀雄著、ダイヤモンド社、08年5月刊)。07年4月〜08年3月までの週刊ダイヤモンドに連載された記事を元にしたものですから、円が123円から98円まで上昇した頃の原稿です。
「世界的カネ余りは日本の金融緩和が原因」という記述があります(著者は低金利政策を金融緩和と書いていますが、低金利と金融緩和は別だと愚考します。ここの金融緩和は低金利政策の意味のようです)。
 【BISの『クオータリー・レヴュー』(2007年6月)によると、04年半ばから顕著になった円キャリー取引が、05年第4四半期に顕著に増加した。化しては日本の銀行で、借り手はイギリス、シンガポールケイマン諸島などの金融機関だ。
 正確な取引高は把握されていないが、IMfは07年4月の報告で、1700億ドルとした。『エコノミスト』(07年2月)は1兆ドルと推計している。推計値には大きな幅があるが、次のことが注目される。すなわちアメリカのサブプライムローン残高は1兆ドル程度といわれているが、円キャリー取引の残高は1兆ドル程度といわれている。たまたま一致しているわけではない。円キャリー取引で調達された資金が直接サブプライムローン関係に投資されたのではないにしても、他の資産に投資された資金が円キャリー取引による資金取引による資金流入の影響でサブプライムローン関連商品に回った可能性は十分だ。
 実際、アメリカが04年6月に利上げに転じ、以後6回も利上げを続けたにもかかわらず、4兆期金利は上昇しなかった。グリンスパンが議会証言で「謎」と呼んだものだが、円キャリーによって巨額の資金がアメリカに流入したからだと考えれば、つじつまがあう。
 実際、サブプライムローンが顕著に増加したのは04年から06年にかけてであり、円キャリーの拡大とほぼ同時期だ。つまり、日本の金融緩和がアメリカの住宅バブルをあおったと言えるのである。】

 【現在約105兆円にのぼる外貨準備。このほとんどがTB(アメリ財務省証券)だと考えられる。つまり、ドル建て資産だ。そして、大規模介入が行われて外貨準備がつみ上がったのは、2003年から04年の春にかけてである。当時の為替レートは1ドル=110~120円程度だったので、現在のレートでは10~20兆円の含み損が発生している。
 これは、消費税の年間の税収額を超える額だ。国民一人当たりで言えば、約8万円だ。
外貨預金や外貨投信は、為替リスクを回避したければ購入しなければよい。
 しかし、外貨準備はそうでない。それは国民の財産であり、間接的なかたちではあるが、国民一人ひとりが保有しているものだ。それにもかかわらず、その積み上げも、通貨の選定も国民にはなんの相談もされずになされた。つまり、すべての日本人が無謀で合理性を欠く資産運用に無理やり付き合わされたのだ。
 私の考えでは、これまでの超金融緩和政策の真の目的は、デフレ脱却というよりは、円安誘導だった。円安誘導政策の目的は、いうまでもなく輸出関連企業の利益増大である。】

 【ITという新しい技術が製造業の性質を大きく変えた。ITの活用で製品価値を高めるケースが生まれた。また通信コストの低下により企業内分業(垂直分業)に比べて市場を通ずる分業(水平分業)が有利になった。
 たとえば、コマツでは、製品にGPSを搭載し、機械の稼動状況などの情報を工場や販売店などで入手できるシステムを構築した。トラブルを未然に防止したり、故障に迅速に対応したりすることが可能になったといわれる。
 このように、個別技術での進展はみられる。しかし、製造業全体としての水平分業への移行は、日本ではなかなか進まない。】
要するに、低金利で円安に持っていくことで、従来型の輸出製造業を保護して、景気を維持する円安バブルは、永続的に円安に維持することができないので、維持できない。円高に対応できる構造改革が必要だったと筆者は主張する。

円安問題とは別だが、『社会保障目的是は増税のためのトリック』という章がある。
【現在、一般関係の社会保障関係費は約20兆円であり、消費税の税収は約10兆円である。仮に一般会計に「社会保障勘定」を設けて区分経理すると、消費税だけでは歳入が不足する。したがって、所得税法人税など消費税以外の税収、および公債金収入の一部もこの勘定の歳入となる。
 ここで、消費税を4兆円増税したとしよう。いま、社会保障関係費が不変であるとすれば、歳入が4兆円だけ多くなる。そこで、歳入と歳出をバランスさせるため、社会保障勘定における消費税以外の歳入を、4兆円だけ減らす必要がある。
 この場合、原理的には所得税法人税を4兆円だけ減税することも考えられるのだが、実際にはそうならない。これは社会保障社会保障費以外の勘定に繰り入れられる。社会保障費以外の歳出を4兆円増やすことができる。たとえば、防衛関係費を4兆円だけ増やすこともできるだろう。
 この場合、「増税した4兆円の消費税は社会保障費に充てられた」という説明は、形式上のものにすぎず、実態的には意味はない。】
 つまり、「カネに色目はない」ので、「消費税は社会保障に使う」というのは実態を伴わない。
 これは従来から私が思っていることです。