経済学に何が出来るか

『経済学に何が出来るか』(猪木武徳著、2012年10月刊、中公新書)を読みました。
以下、印象に残った記述です。
マネーサプライは統御できない?
「マネーの定義の難しさ」という一節が面白い。
『「マネーサプライ」というマクロ経済の集計量は、通貨の発行主体である中央政府と金融機関以外の経済主体が保有する通貨の総計を意味している。しかし、実際には通貨としての機能を持つ様々な金融商品が市場で創出されているため、通貨とその発行主体の範囲を一意的に確定することは難しい。にもかかわらず、一般にマネーサプライあるいはマネーストック(通貨残高)を「増加させる」とか「一定の率で増加させる」といった、「正確な制御の可能性」を暗に示すような表現に出会う。マネーサプライはどう定義され、どう測定されるのだろうか。』
 そもそもマネーサプライを定義するのが困難なのだから、コントロルは尚難しいという。
 『日本の公式統計では、通貨預金のほか、引き出し自由な要求払い(当座預金)、定期預金、外貨預金、譲渡性預金(CD)の総計、いわゆるM2+CDを代表的なマネーサプライの指標として用いてきた。しかし、2008年5月からM3という新たな指標を用い、「マネーストック統計」としている。貨幣と貨幣類似資産(いわゆる準貨幣)の間には“貨幣性”の濃淡のある多くの資産が並んでいるのだ。
 貨幣と準貨幣が截然と区別できないとすれば、それを社会的総量として正確にコントロールすることは難しい。』
この点に関する見解の相違が、ケインジアンマネタリスト、オーストリヤ学派の貨幣論を区別する重要なポイントとなる。ハイエクに代表されるオーストリヤ学派は、貨幣は・・政府が完全にコントロールすることは不可能だと考える。
『「貨幣供給量のコントロール」は、貨幣の定義自体に一片のあいまいさもなく、人間の経済生活を正確無比にモデル化し測定できるばあいにのみ可能なのである。ケインズフリードマンもその点を考慮せず、貨幣を定義でき、それを総量として制御できると想定している。』
政治への信任の低下と通貨価値
 『デフレはインフレとは逆に、人々の選択をモノから貨幣へとシフトさせる。その結果、貨幣の流通速度が極端に低下する。・・貨幣を保蔵することなく、できるだけモノの購入へとつながる政策が求められることは言うまでもない。
 デフレが悪化すると、政府への信任が失われるのは、インフレの悪化と同様である。価格の異常な上昇も、数量の異常な収縮も、その論理は異なるものの、政治への信任の低下という点では同様の影響力を持つ。』
 インフレが通貨の信任低下、すなわち通貨の発行主体の政府への信任低下現象と理解できる。では、デフレは?
利潤と不確実性
 『「リスク」は、人間の知識の不完全性に起因しているがその事象の生起する客観的な確率分布が分っている事象に適用する概念だ。それに対して「不確実性」は、客観的な確立分布が知りえない事象にまつわるものだ。利潤は「不確実性」に対処した企業家への報酬である。』
 企業家の「不確実性」への挑戦を誘導する経済政策は?
所得流動性
 『例えば、低所得層にいた個人なり所帯が、同じ所得階層に留まっているのか、さらに親と子の所帯が同じ所得階層に属して言う割合が高いのか・・・もし所得階層の「固定性」が認められるのであれば、階級社会の成立が認められることになる。』
 格差が問題というより、階層の固定化が問題という指摘は理解できる。
知識の流動性
 1970年代のアメリカのコンピュータ産業は、MITをバックにするボストン近郊のルート128を本拠地にしていた。しかしその後、スタンフォード大学に近いシリコンバレーの追い上げに遇い、ルート128は敢え無く敗退する。その原因は双方のエンジニアの労働市場の構造の違いによるとサクセニアンは論じている。シリコンバレーはエンジニアが流動的で地域内の企業間を移動し、競争企業同士がアイデアを自由に交換するという文化を共有しているという。エンジニアが企業を移動しても、元の企業で使われたアイデアは侵す自由は許された。この点、ルート128の企業間の「ルール」は根本的に異なり、秘密主義が徹底していた。シリコンバレーでは新しい知識が企業を超えて普及していったのに対して、ルート128では、エンジニアは転職する際、1,2年の間はライバル企業に就業することが禁止されていたのである。このような、企業間での知識の流出・流入を避ける共有化を避ける)ルート128の体制が、自由な普及を認めたシリコンバレーの体制に敗れたというのが、サクセニアンの推論であった。
 
その他、TPP,EU問題への指摘があったが、これについては、「新・国富論」へのコメントで紹介する。