カウントダウン・メルトダウン

『カウントダウン・メルトダウン(下)』(舟橋洋一著、文芸春秋12年12月刊)を図書館で借りてきて読みました。なぜ下巻だけ読んだのかというと、3.11の際に米軍がどう考えどう行動したかを知りたかったからです。(上巻は全電源喪失から自衛隊の放水まで事故の経緯を記述しています。) 下巻の前半は、主として米軍および米国務省の動き、後半はSPEEDIをめぐる政治家と官僚の動きを述べています。因みに本書は、第44回(今年度)大宅賞受賞作品です。さわりの部分の引用で、紹介に代えます。

前半から。
空母・ジョージ・ワシントンはただちに出航の体制に入った(横須賀)。
 米海軍にとって、原子力空母の放射能汚染は絶対に避けなければならない。
 原子力空母を汚染させれば、司令官の重大な責任問題となる。
 福島第一原発の事故によって放射能に汚染された場合、空母内の原子炉の放射能漏れによる汚染なのか、それとも外界からのものなのか、識別できなくなる恐れがある。
 空母は米国の世界戦略の礎である。11の空母艦隊が米国の世界戦略を支えている。
 空母はいち、どこにでも、自由に航海できることが死活的に重要なのである。
 放射能に汚染された場合、外国から寄港を拒否されることもありうる。
 そうなれば作戦に重大な支障を来す恐れがある。
 しかし、ジョージ・ワシントンの出港は、別の意味合いを持つことにもなる。
 米軍や米軍族、さらには米国民にパニックを引き起こす危険がある。それを見た日本人がパニックに陥る可能性もある。
 さらには、米軍が日本を撤退する、というシグナルを送ることになりかねない。

ホワイトハウスの副長官級会議では、ウィラード太平洋軍司令官とスタインバーグ国務副長官が激しくぶつかった。
 ウィラードは、海軍の軍人・軍属の健康と安全を最優先課題とする、したがって一刻も早く退避勧告をすべきだとの立場を強く主張した。
 スタインバーグは、これは日米関係の根幹の問題であり、また、もっとも深いレベルでの国家安全保障問題でもあると訴えた。
 ホワイトハウスのデニス・マクドナーもスタインバーグと同じ懸念を表明した。マクドナーは言った。
 「もし米軍がこの危機のさなかに日本から撤退してしまうと、再び、日本の米軍基地に戻るのが難しくなるだろう」
 16〜17日の議論。
ウィラードは「ヨコスカで検出される放射線量が2倍になれば、横須賀海軍基地からの全員撤退を考えなければならない」と主張した。
 マクドナーは反論した。「それはできない。海軍から先に撤退となると、軍人でない市民を置いてきぼりにすることになる」
 
後半から。
 Speediの問題点を筆者は4項目述べていますが、以下はその第3、4項。
 第三に・・SPEEDIを公表することによってパニックが起こった場合、責任を取らされることを官僚機構は極度に恐れた。公表によって放射線量の高い地域の住民が我先に避難殺到し、制御できなくなるリスク、そして何より補償を求められ訴訟されるリスクを彼らは恐れた。
 彼らは、行動することのリスクより行動しないことのリスクを取ることを選択したのである。
 第四に、霞が関官僚機構に特徴的な縦割り行政と消極的権限争いである。
 消極的県下なら沿いとは、政治的に得点にならないこと、役所の権限にプラスにならないこと、天下りポストを減らすようなこと、面倒な仕事を押し付けられること、幹部の出世の妨げになること、などについては手を上げない。飛び出さない。目立たないようにする霞が関処世術である。
 危機のさなかに文科省SPEEDIの運用を(原子力)安全委員会に一方的に移管した。これ以後、文科省は「それは安全委員会に聞いてください・・・」との姿勢を決め込んだ。
 この事件は、霞が関の醜い消極的権限争いの歴史の中でももっともおぞましい例として記憶に留めておく必要がある。
国がその研究開発に120億円以上の税金を投入したSPEEDIは、放射性物質放出量の逆計算(モニタリング地点の観測データから原発での放射能放出量を推定する)や、重点的モニタリング地点のしぼりこみなどに一定の役割を果たしたものの、原発がもっとも危機的な状況だった3月11日から16日の間はまったく活用されなかった。