『雇用身分社会』

 『雇用身分社会』(岩波新書、盛岡孝二著、2015年10月)を大学図書館の棚で見つけ、パラパラと立ち読みしました。筆者は関西大学名誉教授。企業社会論を専門とし、大阪過労死問題連絡会会長。
終章「まともな働き方の実現にむけて」が目を惹き、借りて読んでみることにしました。日本の社会が、国民がすべて豊かな雇用生活を営むことが出来るようにするには、どうすべき。と筆者は以下の項目を挙げる。最初の項目が労働者派遣法の抜本的見直し。以下
非正規労働者比率の引き下げ。
雇用・労働の規制緩和との決別。
最低賃金の引き上げ。
8時間労働制の確立。
性別賃金格差の解消。
私も、労働者派遣法の改悪が日本経済を悪くさせた一番の制度改悪だったと考えますので、筆者もそう考える根拠を知りたいと思ったのです。
 しかし、この点に関しては。非正規社員の増加が、貧困と格差をもたらした点を詳述していますが、労働者に賃金を通じて資金が回らなくなったことの目新しい分析はありません。筆者の論述で注目すべき点は、書名にあるように、正社員と非正社員という身分の差で賃金に差をつけることで、グロー―バル化経済に必要な低賃金を得たという着眼です。日本社会が職業に関し身分社会になっていることが、より激しい格差と貧困をもたらしたと述べていることです。この点は「目から鱗」でした。
 第4章「正社員の誕生と消滅」(正社員という身分の成立)、第5章「雇用身分社会と格差」(雇用形態が雇用身分になった)、第6章「政府は貧困の改善を怠った」(政府は雇用の身分化を進めた)と、第5章、第6章で、雇用身分で賃金格差をつける政策を政府が主導した経緯を詳述しています。
 『日本の労働時間はあまりにも惨めである。安倍首相は2013年の国会施政方針演説で「世界で一番企業が活躍しやすい国」を目指すと表明した。労働時間に関する限り、これまでも日本は「世界で一番企業が活躍しやすい国」であった。
 労働時間だけではない。派遣労働者がひどい扱いを受けてきたのも、パートタイムの賃金が低いのも、日本の労働社会が、雇用身分社会になったのも、日本が「世界で一番企業が活躍しやすい国」であり続けた結果である。
1985年に成立した労働者派遣法は、雇用の非正規化と身分化の出発点であった。非正規労働者が依然にも増して急増したのは90年代半ば以降である。
 政府は政策立案に当たり、各種の審議会や諮問委員会をある種の「議会」のように位置づけ、そこに民間議員として経済界を代表する大企業のトップを入れ成長戦略などの経済戦略を策定した。その際、特定産業・企業の利益が優先され、一国全体の環境、福祉、雇用などなど全体からの議論が後回しされた。
 雇用形態の多様化は、働く人々のライフスタイルや価値観が変化して就業ニーズが多様化した結果であるという論者もいる。しかし、多様化を主張したのは、労働者ではなく、経営者だった。雇用形態の多様化の最大のねらいは、人件費の削減と労働市場の流動化(雇用の弾力化)だった。企業は雇用期間の定めのない正社員を、定めのある非正規社員に置き換えることにより可能な限り雇用の有期化を図る必要があった。』と述べている。
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