寿命論(1)

生物科学の話です。「寿命論」(高木由臣著、NHK出版09年1月刊)を読み、こういう研究もあるのだなと、思いました。

最新の生物科学の知見を基に、寿命に関する話題について述べています。

1. 最初に、「寿命」をどう定義するのでしょうか?

誕生から死までの期間が「寿命」ですが、例えば、どの時点を誕生とするか。例えば、人間の場合、「出産」か「受精」か。蝉の場合、一般に「羽化」とするが、「羽化」の前の幼虫時代の方がはるかに長い。

  植物の場合、誕生は発芽として捉えるが、種の期間はどう考えるか?ハスの種子が1500年〜2,000年経って発芽した例がある(大賀ハス)。

『寿命とは自己同一性の継続期間』だそうです。ところが、近年の生物科学によると、生物個体を形作る分子も細胞も数ヶ月でほぼすべてが入れ替わる。自己同一性を担保しているのは、DNAの保存を伴う細胞分裂(無性生殖)の継続だそうです。

2. 次に、生物に「寿命」があるのは何故か?

「寿命」のない生物もある。原核生物細胞核を持たない生物)には寿命がない。そもそも生物の歴史においては、バクテリヤなど原核生物だけの世界が、約38億年の生物進化史の半分近くを占める。つまり生物は寿命を持たないのが本来の姿だった。

  一般に言われる説は、『寿命は有性生殖という多様化戦略の産物である。』

 【無性生殖なら100%自己を保持し続けられるのに対し、標準的な有性生殖では50%しか自己を保持できない。しかし無性生殖なら環境の変化により絶滅の可能性もあるのに対し、有性生殖なら絶滅を避けられる。異性が分け持つ遺伝子の混合が多様な固体の出現をうながし、変化する環境に対応できるからである。】

 【ところが現実には、遺伝子の多様化をもたらさない有性生殖を行う生物が、決してまれではないのである。・・・真核生物(細胞核を持つ生物)はなぜ無性生殖を棄てて寿命を持つようになったのか、有性生殖はなぜどのように獲得されたのか、といった問題をあらためて一から考えなおさなければならなくなる。】

著者は、生物の身体が大きくなったことが、有性生殖と寿命が生まれる原因では?と言う。 つまり、身体が大きくなると、機能の分離が進み、体細胞系(ソーマ)と生殖細胞系(ジャーム)に分離した。体細胞系は一代限りである。そこに「寿命」が生まれたのだと。

3. 体を大きくすることとDNAとの関連について著者はこう述べる。

 【ヒトゲノムプロジェクトの成果が現れだした頃、長大なDNA塩基のうち遺伝子として使われている部分があまりにも少ないことに誰もが驚いた。DNAの塩基配列がタンパク質に翻訳される領域を遺伝子とみなすと、そのような遺伝子はわずか3万数千と推定された。ところがその数ですら実は過大評価であって、現在では22、287という数字になっている。

【大きなDNA量が大型化した真核細胞を可能にしている。全ゲノムのうちタンパク質にまで翻訳されない遺伝子領域、すなわち非コード領域の割合は、大腸菌で10〜30%、菌類や植物で70〜80%、ヒトで98%といった具合に高等生物ほど割合が高くなっていく傾向がある。】(つづく)