日本人の脳に主語はいらない

 月本 洋という人がいます。1955年生まれ。東大工学部計数工学科卒。東京電機大学教授。専攻は人工知能。つまり、コンピュータやロボットの専門家、事実「ロボットのこころ」という著書もある。この人が『日本人の脳に主語はいらない』という本を最近講談社選書で出した。

 「主語がないという日本語の構造は、日本人の脳のしくみに起因する」という説を述べています。新聞の書評で見て、多いに興味を抱いて書店で買い求めてきました。

 ロボットの研究者が、脳のしくみに関心を寄せていることは、つとに承知していました。

 7年前に、ロボット学者の人工知能研究をレポートした『未来のアトム』(田近伸和著、アスキー刊)を読んだが、『人工知能を発展させようとすると、身体の各部から信号が入ってくる仕組みが必要である。つまり「知能を生むには身体が必要であり、人間的な知能を生むには人間的な身体が必要」という。そこで、人工知能研究者は、身体としてのロボットの研究を始めた』という書であったが、月本さんも、この研究の流れで、脳研究を手がけているうちに、日本語の構造と日本人の脳構造の関連に、関心を持つようになったらしい。

 この本のポイントを要約すると、

1.言語には、母音語(語尾が母音である比率の高い言語)と子音語(語尾が子音の比率が高い言語)がある。

2.言語には、主語強要言語と主語非強要言語がある。

 前者の代表的な言語は英語で、たとえば“It rains” のように、こんな所にどうして主語が入るのか?と言うような文もある。

 一方、後者の代表は日本語である。

3.母音後は主語省略度が高い。子音語は逆に主語の省略が少ない。

4.脳の左右差

4.1 日本人は母音を左脳で聴き、英国人は母音を右脳で聴く。ここで、日本人といったのは、日本語で育った人の意味で、日本人でも英語で育てば母音を右脳で聴き、英国人でも日本語で育てば、左脳で母音を聴く。

4.2 これは、言語を処理する脳部位が左脳にあるため、母音の比重の高い日本語を母国語とする日本人の脳は、日本語を聴きとりやすくするべく、脳神経回路が組織化され、母音を左脳で聴くようになるためである。

4.3 脳には、自分と他人を区分する働きをする部位があり、それは右脳の聴覚野の隣にある。*

*右脳を損傷した患者が、自分の身体、たとえば手や腕などについて、他人の手や腕であると言う症状が報告されている。健常者による実験によっても、自分と他人を右脳で判断することが確かめられている。

4.4 英国人は、音声を聴くと右脳の聴覚野で聴き、それが左脳の言語野に伝わって言語を発するが、伝わる過程で自他を区分する部位を刺激する。これが、英語で主語を強要する原因では?

4.5 日本人は、発話開始時に母音を聞き取るため左脳の聴覚野が動き始める。自他を区分する部位を刺激しない。これが日本語で主語の省略が多い原因では?

 というのですが、面白い仮説です。ご関心のある方は、お読みください。



『日本人の脳に主語はいらない』講談社選書メチエ、08年4月刊、¥1600+税
追伸:
Q:「子音の多い英語で育つ英国人は言語野のある左脳で子音を聴くようになるのではないか?そうなれば、右脳の自他を区分する脳部位を刺激することなく、英語を話すようになるのではないか?」

A:人が言語を話す時のステップは、

1. 話のアイデアを作る。

2. 発声(のどの声帯に肺から息を送り音を出す)の準備をする。

この時準備されるのは母音です。

3. 調音(舌、唇、歯などの形を変えることで、色々な子音や母音にする)の準備をする。

この時に子音発声の準備がされます。

4. 実際に音声が口から出る。

 以上のステップは、英国人も日本人も同じです。つまり、母音発声の準備が子音発声の準備より先にくる。即ち、母音を聴く部位が、右脳の自他を区分する脳部位に近いかどうかが(主語を必要とするかどうかの)問題に影響してくる。

 尚、「母音を聴く部位」と上記したのは、言語を発声する時、その発声は脳が(内部的に)聴いているからです。