運動神経の科学

 『運動神経の科学』という面白い題名の本を大学図書館で見つけました。著者は、小林寛道氏(日本陸上競技連盟医科学委員会委員長)、講談社現代新書で、2004年9月刊です。

 著者は、95年、スプリントトレーニングマシーンという機械を開発した。この機械で練習すると、走りが早くなるという。

 自転車と同じように、ペダルを踏んで足を鍛えるのですが、自転車は足の回転の中心が固定されている。が、この機械、中心が前後に移動する(台座が前後に往復する。勿論、立ってペダルを踏む)、つまり足の回転の軌跡が楕円になる楕円軌道自転車を開発、改善を重ねてスプリントトレーニングマシーンにした。

 日本人で初めてホノルルマラソン女子を優勝した早川英里さんは、このマシーンで練習し、アテネオリンピック選手選考の名古屋女子マラソンに8位入賞したとのこと。

 どういう理論から、この機械を開発したか知りたい方は、この本を読んで頂くとして、本の内容で、私が面白いと思った点を紹介します。

 最初に、「運動神経」とは何か?解剖学的には、運動神経という神経は存在しません。にも拘わらず、日常、「運動神経」という言葉を使っています。「身のこなし」や「身体の操作性」が良い、あるいは、新しい運動の覚えが良いことなどを「運動神経が良い」と表現しています。

 身体を動かすとは、神経回路を通して指示が筋肉に伝わり、筋肉が必要な動きをすること。つまり、この神経回路が良く発達していることが「運動神経が良い」という意味です。ですから、筋トレだけやっても、(神経回路が向上しないと)運動が上手にはならない。詳しく述べると。

 運動の調節に関する神経の働きを考える場合、運動の要素を、「関節を動かす」ものと「身体を支える」ものの二つに分けて考える(後者は重力との対話である)。運動は、反射に基く神経支配(姿勢制御)と、(関節などを動かす)随意的な神経制御の制御下にある。

 筋肉の側から言うと、自分の意思で動かせる「随意筋」と自分の意思で動かせない「不随意筋」の二つに分けられる。前者が骨を動かす骨格筋、後者は内臓を動かす内臓筋(平滑筋)である。骨格筋は「意識筋」、「無意識筋」、「半意識筋」に分類できる。

 そして、体表面に近い筋肉は「浅層筋」と呼ばれ、ほとんど「意識筋」である。体の深いところの筋肉は「深層筋」で、無意識筋あるいは半意識筋である。

 ここまで記すと、著者の言いたいこと、お分かりでしょう。「運動神経が良い」とは、骨格筋の深層筋の制御神経が鍛えられていることです。スプリントトレーニングマシーンは、体幹深部筋である大腰筋を鍛えることができる。

 即ち、運動の巧い下手は、身体各所の関節をいかに制御できるかによる。その関節を動かす骨格筋は、自分の意思で動かせる筋肉と動かしにくい筋肉がある。体の表面に近い浅層筋は、動かしやすいが、深層筋は動かしにくい。この動かしにくい深層筋を、浅層筋同様動かせる人が、「運動神経の良い」人なのだ。で、深層筋を自由に動かせるようにするには(筆者はイメージ・トレーニングが有効という)、深層筋を動かす訓練が必要という。

 著者の「運動神経」の定義は、

「脳、脊髄、筋肉を結ぶ包括的運動神経回路」。包括的運動神経回路を改善することで、運動能力は飛躍的に向上すると説く。

 最後に高齢者と子供の運動神経のトレーニングについて、こう言う。

 子供は、運動神経の発達が活発な運動によって育まれる。活発に活動しない子供たちは、神経系が未発達になる可能性が高い。また高齢化社会を迎えて・・・(高齢者にあっても)特に運動神経機構の働きを重視した運動のあり方を考えることが大切です。

 以上、「運動神経の科学」のさわりでした。